†イナイレ†
□SUN × Summer
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蝉が全身全霊をかけて鳴き、その小さな存在を誇示させる季節、夏がやってきた。
明日から夏休みに入る雷門中学サッカー部は、休暇中の部活動スケジュールについて現在部室で部会が行われている。
といっても、キャプテンである円堂守は「これで好きなだけサッカー出来るな!」と24時間しかねない発言をしたので、危惧した鬼道と豪炎寺が進行役を勝ってでたのだが。
「以上でスケジュールは決まりだ。何か質問はあるか?」
「はいはいはーい!」
「そうか、いないならこれで部会を終わる。それじゃあ各自自分の練習メニューを」
「鬼道!無視するな!」
「…鬼道、円堂が手を挙げているぞ」
見かねた豪炎寺が苦笑混じりに鬼道に耳打ちした。鬼道は溜め息をついて腕を組み直すと円堂をゴーグル越しに見つめる。
「なんだ円堂」
「サッカーもっとやろうぜ!それじゃあ時間が足らない!」
予想通りの答えに鬼道は本日何度めかの溜め息をついた。隣からは豪炎寺が肩を震わせている気配が伝わってくる。珍しい。
「キャ、キャプテン!せっかくの夏休みなんスよ?遊びも必要っス!」
「何いってんだ壁山?サッカーのほうが楽しいじゃないか!」
太陽よりも眩しい笑顔が部員達に向けられる。鬼道は(さすが、生粋のサッカー馬鹿だ)と思った。ゴーグルで他者からは分からないが、その目尻は下がり、深紅の瞳は呆れながらも優しげな光を秘めている。
「…」
そんな鬼道を豪炎寺は静かに見つめていた。
ひぐらしの鳴き声が真っ赤な夕焼けに響く。それに伴い、甲高い笛の音が雷門中グラウンドを走り抜けた。 その笛の音を聞いた円堂は手に持っていたサッカーボールを地面に置いて、右手を大きく振り上げた。
「よし!今日の練習はここまで!各自片付けに取りかかってくれ!」
キャプテンからの指示に皆が動く。それを遠目から見ていた鬼道は頬を伝う汗を拳で拭いう。
(あいつも普段からあれぐらいなら、部会も問題なく任せられるんだがな)
そう思い、部会を真面目な顔で進行している円堂を思い描く。正直言って、似合わない。
鬼道は知らず知らずに苦笑してしまった。
「鬼道」
控えめに、しかしながら意志のある低い声が鬼道の背中にかかる。背後を振り返れば、柳眉を寄せる豪炎寺がこちらを見ていた。
「どうしたんだ?」
「話がある」
豪炎寺から発せられた硬い声音に鬼道は用件を察した。だが、そうだという確信はなかったのであえて別の話をふってみる。
「サッカーの話か?」
「いや、…その」
「……なるほどな、円堂のことか」
「!」
豪炎寺の顔が驚愕に彩られた。普段から冷静沈着な彼にしては珍しい表情に、鬼道はとある推測をする。あながち間違いではないだろうが。
「豪炎寺、円堂は知っての通りのサッカー馬鹿だ。気持ちはちゃんと伝えないと、あいつは理解しないぞ?」
ほんのり浅黒い肌がみるみるうちに朱に染まっていく。夕焼けに照らされたせいではないだろう。そして、(ああやはり)と推測は確信へと変化した。
豪炎寺は円堂が好きなのだ、と。
「鬼道は、どう思ってるんだ」
鬼道は、口を、閉じた。
分かっていたことじゃないか、と自分に言い聞かせる。彼からこういう質問がくることを。
鬼道はマントの下に隠れている拳をぎゅっと握りしめた。喉がいやに渇く。
「…互いに、苦労するな」
それが鬼道なりの答えだった。たった二文字を素直に言えなくて、誤魔化した言い方をしてしまった。だが豪炎寺にはそれで充分だったらしく、「そうか」と呟いた。
「ただ、豪炎寺。俺は」
「諦めるつもりはない」
ぎん、と真っ直ぐな熱い視線が鬼道を貫く。それはエースストライカーと呼ばれ試合に挑む時と違わないものだ。
鬼道はその真っ直ぐさが眩しくて、寂しげに微笑んだ。
「円堂のこと、頑張れよ」
「?!」
「俺は、あいつと恋仲になるつもりはない」
「鬼道!何を言っているんだ」
「…俺は今まであいつらに謝ってもすまない事をしてきた」
鬼道は視線をベンチへと向ける。そこには、掃除を終えた部員達が円堂を中心に談笑していた。
円堂の笑顔に、胸がつきりと痛む。
「それは影山がいたからじゃないのか」
「…そうだ。だが、そうだからと言って許される事じゃない。それに」
口の中を苦いものが込み上げてまさぐり、再び喉を流れていく。
瞼をぎゅっと閉じれば、闇の中でひっそりと笑う影山の恐ろしい面影が浮かび上がった。
『お前はやはり、最高だな鬼道』
ねっとりとした感触と、温い息を未だに忘れられない。
「どうかしたのか?鬼道」
急に黙った鬼道を心配してか豪炎寺が肩に触れた時だった。
パンッ…
「…!」
「あ…っ」
何が、起こったのか。鬼道は一瞬真っ白に染まった思考で目の前の出来心を反復していた。相手を見れば、ただ驚いている。伸ばされた手は空をえがいたままだ。
「すまない、豪炎寺。…具合が悪いようだ。そろそろベンチに戻ろう」
「…鬼道、なにかあったのか」
それは問いではなく確認。鬼道は気まずそうに視線をずらして豪炎寺に背中を向けた。
それは拒絶。もう踏み込まないでくれ、という意思表示。
豪炎寺はどうすればいいのか分からず立っていると。
「こらー!部内で喧嘩は禁止だー!」
明るい声に両者が視線を向けると、万歳をしながら円堂が飛び込んでくる。鬼道と豪炎寺は慌てて抱き止めようとして。
ばったーんっ
「「…円堂」」
「あ、あはははは。悪い、勢いつけすぎた」
鬼道と豪炎寺を押し倒すような格好のまま円堂は苦笑いを浮かべた。 鬼道がすぐに退くように指示すれば、円堂は謝りながらすんなり退いた。しかし、自分で言っておきながら円堂と距離が空いたことに、寂しさを感じてしまう。それはどうやら豪炎寺も同じらしい。
「で?なんで喧嘩してたんだ?」
「「喧嘩?」」
「え?だって豪炎寺が鬼道に突っかかって、それで鬼道がカッとなってこう」
「…円堂、正直に話せ。それは誰から聞いた話なんだ」
「え?一之瀬」
鬼道と豪炎寺が同時にベンチを見れば最早皆いなかった。両者の中で(明日どうしてくれようか)という思惑がぐるぐると巡っているのを、円堂は勿論ながら知らない。
「でも喧嘩じゃないならよかった!怪我したらサッカー出来なくなるもんな!」
あくまでサッカーが基準の円堂に鬼道は苦笑した。豪炎寺も優しげにその瞳を細めている。
先程までの沈痛な空気は円堂により霧散されていた。
まるで曇天を晴らした太陽のようだと鬼道は思う。 全てを包み込むように暖かく優しい無垢な光。
だからこそ鬼道も豪炎寺も円堂に恋い焦がれるのだ。
「円堂」
鬼道が確かめるように彼の名前を呼ぶ。
「なんだ?鬼道」
にっこりと微笑み返事をする円堂に「いやなんでもない」と言葉を濁す度に、じわりじわりと胸が焦がれ、傷みを浸透させていく。
「そろそろ帰ろうぜ!鬼道、豪炎寺!」
「ああ、そうだな。行こう豪炎寺」
部室に向かってスキップする円堂を見ながら鬼道は呟いた。
「円堂は、眩しいな」
「ああ」
「…俺にはあいつが、眩しすぎる」
「鬼道…」
ふっと鬼道は笑うと再び歩みだす。豪炎寺は一瞬口ごもり、鬼道の背中に声をかけた。
「鬼道!俺は諦めるつもりはない。フェアな気持ちで望みたいんだ」
「豪炎寺」
「だから鬼道、逃げるな」
鬼道がはっと息を呑む。
立ち止まった2人にかかるのは円堂の声。
じわじわと夏の蒸せる暑さが体を包み、鬼道の頬をつぅ…と汗がつたう。
それははたして、熱さ所以か。それとも…
「円堂が、好きなんだろう?」
逃げることは許さないと豪炎寺はこちらを見ていた。鬼道は震える拳を握りしめながら考える。きっと本音を言わないと納得しないのだろうと。
鬼道は乾いた唇を舐めて、口を開いた。
「…ああ」
豪炎寺はふっと笑うと、鬼道の隣にまで歩みその肩を優しく叩く。今度は間違って拒絶はしない。
「なら今はただ真っ直ぐに、その気持ちに向かって走ってもいいんじゃないか?」
「…おかしな奴だ、普通はライバルがいなくなれば喜ぶものだろう」
「言っただろう?フェアがいいって」
「フェア、か」
豪炎寺の言葉が胸に染みていく。ああ、素直になってもよいのだろうか、と鬼道は思った。
ただ純粋に彼を好いても。
心が、軽くなる。
「そろそろ行こう。円堂が待ちくたびれてる」
振り替えれば、こちらを向いて名前を呼んでいる円堂がいる。
「豪炎寺」
「?」
「そう簡単には負けるつもりはない」
互いに顔を見合わせて笑う。
ああこの体の奥底から燃えたぎる熱い気持ちは、きっとくらくらする思いは。
夏の太陽のせいなんだろう。
後書き
とりあえず初ブレイク組(笑)
ともかく鬼道さんは一人で悶々して豪炎寺にぱんちって刺激を食らえばいい(笑)
というより単に嫁ズの宣戦布告が書きたかっただけ(笑)
2010/06/29