†イナイレ†
□愛憎BLOOD
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第壱話
彼は、そこにいた。
(く…っ、まさかハンターがいたとは…っ)
じくじくと痛む腹部を衣服の上から右手で抑えれば、ぬめりとした感触がある。どうやら自分が思っていたよりも重症らしいと彼は自嘲した。
とりあえず少し休みたかったので路地裏の奥に、壁にもたれるように腰を下ろす。五感を研ぎ澄ませば周りに他者の気配はない。伝わってくるのは自分の荒い息とうるさい鼓動だけだ。
彼は此処にいるのが己だけなのだと安堵し、強ばらせていた緊張を解す。安堵を得たからか疲労を回復する為に身体が睡眠を求めている。
しかし、まだ寝るわけにはいかない。
まだ理性を手放すわけにはいかない。
彼は冷や汗を拭いながら頭上を見た。建物の隙間から見える月は青白く煌めく。
「っ、く」
じわり、と血が滲む。彼は虚ろになる意識の中(これ以上此処にいるのは危ないな)と危惧した。というのも思っていたより深手らしく治癒が遅い。このまま此処で自分が意識を手放してしまえば、身体は生きる為に活力源を得ようとするだろう。
活力源…つまりは『生き血』を。
彼は再び立ち上がった。その時だ。
「おい何やってるんだ?」
「!」
彼は驚きのあまり背後を振り返った。月光で面影は見えないが体躯からして少年なのだろう。オレンジ色のバンダナだけがやけに目立つ。少年は一歩、また一歩こちらに歩んでくる。
「ん…?お前怪我してるのか!?大丈夫か?!」
「俺に、構、うな…っ」
「そんなこと出来ない!」
少年の大きめの手が肩に触れた時、彼はその手を勢いよくはらった。ぱしん…っと軽い音が空に吸い込まれていく。少年は拒絶の意図が読めずに首を傾げた。
「消え失せろ…今すぐに…」
「な、何言ってるんだそんな傷で!血がそんなにたくさん出ているんだぞ?!」
少年に去る意思がないのだと彼は気付くと、苛立たし気に舌打ちして彼は少年を押し倒した。いきなりの行動に少年は何とかコンクリートに頭をぶつける事はしなかったが、彼を見上げて目を見張る。
闇の中を、ぞっとするくらい綺麗な二対の深紅が熱意を秘めてこちらを見下ろしている。
「だから、俺は去れと言ったんだ」
二対の深紅が少年に近付く。その時少年は見た。
月光にほんの一瞬照らされた白い牙と、深紅の瞳から溢れた一滴の涙を。
しかし彼は気が付かずに甘い匂いを発する少年の首筋へと牙をたてた。
けたたましい電子音で鬼道有人は目を覚ました。カーテンを閉めきった暗い室内は夜だと勘違いさせるが、そろそろ登校時間なのだと頭の中でスイッチを切り替える。
鬼道はとりあえずベッドから降りて目覚まし時計を止め、着替えることにした。
(随分、昔の夢を見てしまったな)
着替えながら自分が見た夢を思い出す。鮮明に刻まれたそれは忘れようにも忘れられるはずもなかった。
(…あいつは今どうしているのだろうか)
自分が吸血してしまった少年のことを考えて頭をふった。致死量に至らない程度だったから大丈夫だっただろう。それにあの後ちゃんと病院の前に置いていた。
少なくとも死んではいないはずだ。
ふと鬼道はシャツを着ようとして止まった。腹部にある傷跡は目立ちはしないが忌々しい。それは自分の中で長年抗い続けたものに手を出した証拠のようなものだからだ。
「…」
鬼道は無言で着替え終わると、机の上にあった四角い黒いケースを鞄にいれて、更にゴーグルとマントを装着した。そして義父が待っているだろう食卓へと降りていく。
誰もいなくなった室内の角で、くしゃくしゃに丸められた一枚のプリントだけが異様な存在を放っていた。
『増血剤【BLACK】についての説明書―…』
場所は変わって此処、雷門中グラウンドではサッカー部が集まっていた。しかしながら人数は少なく弱小とレッテルが貼られた雷門中サッカー部の練習場所はなく、部室にたむろする部員達のやる気はそがれかけていた。そんな中を元気な声が駆け巡る。
「おはよう皆!今日もはりきって練習だ!」
サッカーボールを脇に構えてにっこり笑うのは雷門中サッカー部キャプテンにして、ゴールキーパーの円堂守である。部内一のサッカー馬鹿で、オレンジ色のバンダナが印象的だ。
「練習って、場所借りられたのかよ」
フォワードであり、ピンク色の坊主頭が印象的な染岡が円堂に言った。円堂の肩がぎくりと強ばる。「ま、いつものパターンだよな」と誰かが言った。実際、練習場所がないので練習も走り込み程度にしか出来ない為に円堂は二の句が告げない。
「でも、今年こそフットボールフロンティアに出ようって決めたじゃないか!」
円堂の熱弁も虚しく時間は過ぎ、チャイムが鳴ったので部員達は校舎へと入っていった。円堂はそれを歯痒い気持ちで見送り、自分も教室へと向かった。
そして放課後、またしても部員達は練習できず結局円堂はいつも練習している鉄塔広場へと向かった。
木に括り付けているタイヤのいきおいを受け止める。ばしん、という音と供に両手に響く痺れが心地いい。
円堂は休憩をはさみ近くのベンチへと座った。視界いっぱいに広がる夕焼けが綺麗で円堂は幼い頃から此処がお気に入りだった。
橙色の夕焼けが深紅へと変化していく。
円堂は無意識に首筋に触れた。そこにはもう何もないが、二年前の夜にあった血が沸騰するような感覚と痛みだけは昨日の事のように鮮明に覚えている。
「あいつ怪我治ったかな」
路地裏にいた腹部辺りに怪我をしていた少年。その少年に襲われて気絶した後、目を覚ますと稲妻総合病院の前に倒れていた。帰宅後母親から説教を受けたのでいやという程覚えている。
「…もう泣いてないのかな」
願いが叶うなら、もう一度彼に会いたいと円堂は思っていた。襲われたのに不思議だなと自分でも思う。
ただ何故か彼を憎む事は出来なかった。
それはやはりあの時彼が泣いていたからだろう。
「どこにいるんだろう」
直後だった。がさりっと茂みから音がしたかと思うと、円堂は視線がぐるりと反転する。
何が起きたのか理解できなくて、ただ地面に打ち付けた背中がじくじくと傷んだ。
「な…」
「お前か、マモルエンドウは」
耳元で誰かが囁いたかと思うと首を絞められた。目を開ければ全身黒いフードを被った怪しげな男が自分に馬乗りしている。
その圧力は人間を明らかに越えている。
「確かに美味そうな匂いだ。ミスターキドーが執心するのも理解できる」
「か、は…ッ」
「さて早くキドーを呼んでもらおうか。我々は彼に用があるのでね。なに心配はいらないよ?私は仲間の中で理性は強いほうなんだ。だがあまり待たせると…」
にやりと赤い口許から白い牙が覗く。円堂は身震いした。これは人じゃない。二年前と同じ生き物だ。
ただあの時と違うのは、身の毛もよだつこの嫌悪感。
円堂は必死に抵抗した。知らないものは知らないし、これ以上この男に触られたくない。
「ファイヤートルネード!!」
男が何かに当たって吹っ飛んだ。呆然としている円堂の前に影がぬっと被さった。
白銀の髪と漆黒の瞳を持つ少年だった。その眼光の鋭さは見ている者を圧倒させる。
魅入ったかのように動けない円堂の横を何かが当たった。それはサッカーボールである。
つまりは、目の前の少年のシュートで男が吹っ飛んだということだ。
円堂はその事実にいてもたってもいられず立ち上がり、去ろうとする少年の肩を掴んだ。
「…っ」
「あ、ありがとう!!君凄いシュート打てるんだな!サッカーやってるのか!?」
少年は僅かに驚愕の色を瞳に宿し、続いて呆れたような視線を円堂に向けた。
「…お前、襲われかけたんだぞ」
「え?あ、うんそうだけど」
「……普通、もう少し怯えていたりするもんじゃないのか」
「そうかもしれないけど、俺は今君のシュートにすっげぇ感動しちゃってるんだ!」
きらきらと輝く円堂の目に少年は少し気圧されたかのように後ずさる。
「なあよかったら一緒にサッカーしないか!?」
ぴくり、と少年の柳眉が反応する。同時に彼の纏う雰囲気が冷たいものへと変わった。
「……………サッカーは、やめたんだ」
「え?」
「…」
少年はそう言うとその場を去った。
円堂はただ呆然と立ち尽くす。
「…なんなんだ?」
円堂は首をかしげて自分の胸に手を当てた。
「なんであいつも泣きそうなんだ…?」
運命はまわりだす。
逃れられないサダメへと向かって。
アトガキ
やっちゃった吸血鬼←
自重なにそれおいしいの((
とりあえずプロットもなにもたてず始めてしまいましたすみません(笑)
早くカプにもっていきたい!
2010/07/19