†@ラス†

□科戸(しなと)の風
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ぐちゅり……ッ

口から溢れた血液がドロリ…と顎へとつたい、口内で骨を砕いて柔らかな肉を咀嚼する。
むせかえる死の臭いは甘く、僅かに残された理性すら容易く崩壊へと誘うようだ。

「ァ、アァァァァァァアァッ…!」

それは喰われている者の激痛の悲鳴なのか、それとも飢えが満たされていく己の狂喜の咆哮なのか。
ゲイルはその咆哮を、まるで遠くから傍聴しているように感じていた。






とある出来事がきっかけで灰眼に緑の光を宿したとはいえ、ゲイルの日常はあまり変化しなかった。
戦闘からアジトに戻ったら、まずはシャワーを浴びて他者の血肉を洗い流し、自室で作戦を練り、纏まったら作戦室にてサーフ達にそれを伝達し指示を仰ぐ。会議が終了したら自室でデータを纏めたり、武器の手入れをして仮眠をとる。
それだけだった。ただし、変化がまるでないわけではない。

「お帰りブラザー!」

「シエロ」

「うわっなにそれ!ゲイル怪我してんの!?真っ赤じゃんスーツ!」

アジトの入口に立っていたシエロが目を見開きながら此方へと駆けてきた。あわあわと慌てながらゲイルの腹部あたりに手を寄せようとして、ゲイルにやんわりと制された。

「俺の血ではない」

「じゃあ、喰ったってこと?」

「そうだ」

「そっか、ブラザー怪我してないんだ」

「そうだブラザー」

シエロが安堵の表情を浮かべてゲイルを見上げた。空色の硝子細工に写る自分の口元に拭いきれなかった血液がついているのを見て、ゲイルは眉間に皺を寄せて拳で拭う。
悪魔化している時は感じなかった不快感をゲイルは今感じていた。これも感情に目覚めてからあった変化の一つだ。
だから戦闘の後は必ずシャワーを浴びる。口をすすぎ、ごしごしと肌を洗い、心にある靄(もや)のようなモノを払拭する。
今もそうしたいのだが、シエロが腕と腕を絡めて動きにくい。

「シエロ、俺はシャワーを浴びたい。このままでは動きにくい」

「俺もゲイルと一緒に入る!」

「一緒に?お前は先の戦闘に非参加で、対した汚れは見当たらない。なのにシャワーを浴びるのか?」

「入りたいもんは入りたいんだよっ」

「理解不能だ」

「細かい事気にするなよゲイル!さっ行くぞ」

そうして半ば強引にシャワールームへと連行されたゲイルは脱衣籠に衣服を畳み個室シャワーへと向かった。隣にはすでにシエロがいてきゃっきゃっと笑いながらシャワーを浴びている。ゲイルには何が面白いのか理解不能だった。

「ゲイル!ゲイル!洗剤切れた!」

隣の壁からにゅっと白い腕がゲイルに差し出される。ゲイルはその手に身近にあったボトルを手渡した。「サンキュー!」という声と供に隣のシャワー音が再び聞こえ始める。
そうして自分も洗顔をしようとした時だった。

(ぅ…!)

喉の奥からせり上がってくるような異物感が急に襲う。ゲイルは(またか)と眉間に皺を寄せて嘆息した。
この所よくこういった現象が起こる。まるで自分の中の何かが胃の中のものを拒絶し、ゲイルに吐き出させようとするみたいに体が反応する。以前試したアイテムも回復魔法も効果はなかった。

「…」

「ゲイル?」

何時の間にか、洗い終わったらしいシエロが壁の上から顔だけを覗かせていた。白い頬にほんのり朱が点した様子はゲイルに事情中を思わせ、無意識に口内に溜まった唾を嚥下する。餓えとは違う荒々しい波のようなものがゲイルの身体を駆け抜けた時、ゲイルは隣のシャワー室へと移動していた。

「えっ、ちょ?!な、何入ってきてんだよブラザー!」

シエロは身体を隠すように胸の前で両手を交差させ、ゲイルの視線から逃れるように背中を向ける。しかし体躯のいい男性が二人も個室シャワーに入ってしまえば身体は否応なしに密着してしまう。シエロの腰に巻かれた布がゲイルとの腰の間で少し捲れた。

「シエロ」

ゲイルはシエロを後ろから抱き締めて名前を呼んだ。彼にしては意図はなく衝動的なものだった。

「な、何なんだよ一体…?ゲイルっ?」

戸惑ったシエロの問いにゲイルは答えず、密着した肌から伝わる鼓動と体温の温もりを感じていた。目を閉じて感覚を研ぎ澄ませばそれらが浸透していくようで、何時の間にか不快感も静まっていた。

「不思議だ」

「は、はぁ?」

「身体の不快感が消えた。アイテムも回復魔法も効果は無く、時が経ち消えるのを待つだけしかなかったが、お前と接触した途端に消えた」

「不快感?」

シエロの顔がゲイルを見上げる。その瞳が心配げに揺れているのが取れて、ゲイルは「大丈夫だ」と告げて濡れたシエロの青い髪を撫で上げた。

「何があったのかは分かんねぇけどさ、兄貴やヒートやアルジラやセラや俺が、ゲイルの側にいるからさ」

「当然だ、俺はお前達と供にニルヴァーナを目指している。予定外の欠員は困る」

「いやいや、そういう事じゃねぇんだよブラザー」

苦笑を含んだシエロの声がシャワー室に反響したかと思うと、ちゅっとゲイルの顎に柔らかな感触がある。それがシエロの唇だと理解した瞬間、かっとゲイルの体が熱くなった気がした。シエロを見ればにやり、と悪戯気に微笑んでいた。

「どーだブラザー、ヤな事吹っ飛んだろ!」

「…何とも言いがたいが…、不意打ちだった」

「ユダンし過ぎなんじゃねぇーの?」

けらけらと笑うシエロを見ていると沸々と沸いてくる物がある。それはヒートのように怒りではなく、どこか暖かな、しかし焦燥めいたものだった。
ふいにゲイルの脳裏に浮かんだ言葉『悔しさ』。

「シエロ、お前は現在どういう状況なのか判断出来ていない」

「ぇっ!?うわっ、ちょっと…!」

ゲイルはシエロの顎をぐいっと掴み上向かせそのまま唇を奪う。シエロの様に触れるだけではなく濃厚なソレは、ゲイルが感情に目覚める前からシエロと行っていた事だ。教えたのはゲイルより先に感情に目覚めたシエロだった。

『これキスっていうんだぜ…?なぁゲイル、俺はアンタが好きなんだよ。だからアンタとしかしたくないんだ』

まだ好きの意味もキスの意味も知らなかったあの時と比べれば、今は大体その意味が掴めている。
だからなのだろうか?

「ん、むっ…!はっ」

くちゅり、と口内を犯す音が二人の鼓膜を震わせる。逃げ惑うシエロの舌を執拗に追いかけて絡まり、引っ張ってやるとくぐもった声がシエロから溢れた。同時に嚥下しきれなかった唾液がシエロの顎を伝う。
それを目で追っていたゲイルはシエロの下肢の兆しに軽く目を見開くと唇を解放した。荒い息を吐きながらシエロがくたりとゲイルに背を預ける。

「いきなり、何すんだよ」

「お前が先制を仕掛けた。反撃に出るのは当たり前だと思うが」

「うぅ…!だからってこんな所ですんなよ!見ろっ!起っちゃっただろっ!」

真っ赤な顔のシエロが指差した先はゲイルが眺めていたソレだ。確かにそれは事情中のようにゲイルから与えられるだろう快楽を今か今かと待っている。

「責任をとる」

「あ、いや…此処はやだ」

「何故だ。辛いなら早めに対処するべきだろう」

「だからそういう問題じゃないんだってっ」

「理解不能だ…ならば何処を望む」

「部屋…ゲイルの、部屋」

「了解した」

「ぉうわっ?!」

ゲイルがシエロの体を横に抱える。足腰に力が入らないだろうシエロを慮っての行動だったのだが、シエロには羞恥を煽るだけのようらしい。「わー!馬鹿下ろせっ!」やら「痛い痛いっ!そこ掴むなって痛いっ」やら聞こえるがゲイルは一向に無視して脱衣場に着いた途端、近くの長椅子にシエロを下ろした。

「素早い着衣を希望する。裸体のままだと外気に体温を奪われ行動力が低下する」

「…はいはいはいはい、分かった分かったよブラザー」

シエロがてきぱきと服を身に付けていく中、ゲイルもまた着替えていた。近くにあった『クシ』で濡れて下ろし気味の髪を普段のようにセットする。残りのトライブスーツを着ようとして、ゲイルは手を止めた。

「ゲイル?」

アンダーだけのシエロがゲイルの手元を覗き込む。そのスーツは赤く染まったままだったのだ。ゲイルにしてはらしくなく、代用を持ってきてはいなかった。

「らしくないなぁブラザー、忘れたのかよ?」

「…」

ゲイルは嘆息すると近くのダストボックスに汚れたスーツを入れて、上下黒のアンダーという珍しい姿で脱衣場を後にする。シエロもアンダーのまま慌ててゲイルの後を追った。

後に参謀の部屋から響いた甲高い声と、脱衣場から赤く染まったスーツをアルジラが発見した声が、エンブリオンアジトに響いたのはまた別の話である。




後書き
初ゲイシエを書きました。
最初シリアス風味だったのに、どこをどう違えたのか軽く年齢指定にorz
シエロたんが可愛すぎるから駄目なんだよねコレ、罪作りなシエロたん。
しかし貴方たち皆が使うシャワー室でいちゃこらしてもう← 配下達が夜のオ●ズに聞き耳たててたらどうす『参謀に喰われる』←

2010/12/16

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