†@ラス†
□sweet Chny
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教室に入った瞬間甘い匂いが鼻孔を掠めた。それは香水とか化粧品の匂いではなく食品の匂い。俺は無意識のうちに黒板の右隅の日付を確認した。うん、まだ10月で12月じゃない。
ならばなぜこんなに甘い匂いがするんだ?と眉間に皺を寄せて(俺は甘い物が苦手だ)着席した。すると隣で臥せっていた勇が急にむくっと起きてきた。…満面の笑顔を浮かべて。
「嫌な予感がする」
「朝から失礼な事言ってんじゃねーよ馬鹿圭吾」
「ごめん」
「まぁいいけど、なんたって今日の俺はすっごくご機嫌だから!」
「…高尾さんの授業、今日はないけど」
「違うっ!まぁ確かに愛しの祐子先生の授業がないのはダルいけど」
「勇、授業がダルくない日なんてあるのか?」
「なぁお前のそれは嫌味か?天然か?真顔で言うから分かんねぇよ」
アヒルみたいに唇を尖らせて頬杖をつく勇をじっと見る。ああ今日も勇の目鼻立ちとかくっきりしてるなとか、勇がご機嫌な理由知りたいなとか。本人に言ったら「気持ち悪い」の一言で斬られるのは学習済みだから繰り返さないけど。
それにしても本当に勇のご機嫌な理由ってなんだ?
「それはハロウィンだからでしょ」
「千晶」
「お嬢…!」
「おはよう圭吾君」
さらっと長い髪を片手で払いながら千晶は俺の後ろの席に座った。挨拶をされなかった勇が「何で俺は無視なんだよっ!」と千晶に言っている。勇、それくらいにしておかないと千晶怒るぞ。千晶低血圧で朝弱いんだから。
「貴方はお嬢と言ったんでしょう?私はお嬢なんて名前じゃないもの、分かるかしら勇君」
ふんっとあしらわれた勇ががっくりと肩を落として席に再び臥せった。俺は勇をちらっと横目で見てから千晶を見る。
「ハロウィンの季節に何でこんなに甘い匂いがするんだ?」
「それはハロウィンだからよ。よく言うじゃない、トリックオアトリートって」
「ああ成る程」
だからなのかと納得した。
『トリックオアトリート=お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』
だから皆甘い物を持参しているわけだ。そして甘い物が大好きな勇にとって最高の行事でもあるだろう。
言葉一つで甘い物が貰えるのだから。
だがしかし、俺の中の勇と過ごした時間という物が訴えてきているものがある。
「勇」
「なんだよっ」
「トリックオアトリート」
不機嫌そうな勇の顔にぬっと右手を差し出してみた。予想通り勇は目を何度も瞬きさせて、急いでポケットをがさごそと探っている。
ああやっぱりだ。勇は自分が貰うつもりでねだられる可能性は考えてなかったのか。
「ちょ、待て!タイムっ!千晶!」
「なに?勇君」
「トリックオアトリートっ!」
焦った勇は千晶に両手を差し出した。つまりは千晶から貰った菓子を俺に渡す代用にするつもりなのだ。でも無理だと思う。
相手はなんせ、あの、千晶だ。
「私が持ってるわけないじゃないの」
ほら、こちらも予想通り。勇を見れば肩をぷるぷると震わせて焦りからか顔を紅潮させていた。可愛いなんて思ってしまう。
「千晶っ、女子なら飴とか必需品だろ!?悪戯されたらどうすんだよっ」
「その点については二つの返答を返すわ。一つ、私は飴なんて持たないわよ。二つ、私に悪戯出来る勇気ある男が此処にいるのかしら?」
「正論だな」
「圭吾っ!お前誰の味方なんだよ!」
「今は千晶。勇は俺の言葉をスルーしたから」
「ちょっとタンマって言っただけだろっ!…大体なんでお前が言うんだよぉ、俺がお前に言うつもりだったのに」
「え」
「お前こういうのに疎いから。日頃の鬱憤を晴らすチャンスだったのにぃ」
ぷくっとリップを塗っているんだろう勇の唇が尖る。唾が溜まりごくん、と喉がなる。その唇の甘さと柔らかさを知っている俺には、その仕草が見せつけているようできつい。
勇にお菓子はいらないからキスが欲しいと言ったらどう反応するだろう。
「…ねぇ勇君」
「なんだよっ」
「圭吾君の顔色が悪いのよ。担任の先生には言っといてあげるから保健室に連れていってあげなさいよ」
「なんで俺が!」
「千晶?」
「そうでしょう圭吾君、貴方甘いの苦手じゃない。匂いに酔っちゃったんだわ」
ふと千晶の口端が上げられる。俺はそこでようやく意味を悟り千晶に小さく頷いて勇を見る。
「勇…俺気持ち悪い」
「はぁ?!餓鬼みたいな事言ってんじゃねぇよ馬鹿圭吾っ」
「勇」
じっと勇の顔を見る。すると段々勇の顔は林檎みたいに真っ赤に熟れて視線を外された。代わりに盛大な溜め息を勇が吐く。
「仕方ねぇな、餓鬼の圭吾クンの為に俺が連れてってやるよ」
ぐいっと引っ張られて立たされる。ふいにふわりっと香る匂いは勇が好んでいる香水だ。甘い匂いよりもこちらの方が勇の匂いらしくて心地よい。
俺は千晶の言う通り酔っているのかもしれない。
勇の匂いに…。
「なんだよ、先生いないんじゃん」
勇が舌打ちしながら体温計を差し出す。俺はそれを受け取りながら勇を見た。
「勇、俺熱はない」
「馬鹿。なくても熱ってのは測っとくもんなんだよ。じゃねぇと後々面倒くさいし」
「勇」
ぐいっと勇の腕を引っ張る。予想外に反動が大きくて腰掛けていたベッドに勇が俺を押し倒す形で倒れた。鼻先が掠める程の近い距離に胸が高鳴る。勇が離れないように身体を掴んで用意は終わり。
「トリックオアトリート」
「ば、馬鹿っ!離せよっ」
「お菓子より、俺はこれが欲しい」
かぷりっと勇の唇に噛みつくように吸い付いた。舌を滑らせて上顎、下顎、最後に舌を味わう。舌という熱い果実から唾という果汁が互いの口を蹂躙する。
「んぅ、ふっ、ぅ…!」
勇の閉じられた目尻に薄く快楽の涙が顔を覗かせていたので俺は口を離した。はっはっと荒い息を吐く勇の唇はやはり甘くて病みつきになる。
「ごちそうさま」
「ばっ…!馬鹿圭吾っ!人来たらどうすんだよっ!」
「来ない」
「なんで言い切れるんだよ!」
「勘。来たとしても見せればいい」
「馬鹿かよお前!!」
「うん勇馬鹿」
「〜っ!とんだハロウィンだなっ!」
「ハロウィンって最高だな。来年も楽しみにしとくよ」
「お前性格悪いぞ圭吾!」
そう、俺は勇と出会って勇に恋して初めて自分が嫉妬深くて欲深い事を知ったんだ。勇にだけ意地悪をしたくなる。
「勇」
ぎゅっと勇を抱き締めると鼻先を掠めるのは香水の甘い匂い。菓子よりも食欲をそそる匂い。愛しい匂い。勇の匂いに俺は酔っている。
「…本当は俺がこうしてやりたかったんだぞ馬鹿」
「え?」
「お前にいつもやられてばっかでムカツクから、悪戯と思わせて自分からキ…キスしたりだなっ」
「勇…」
「なのに計画くずれちまったし、ふざけんなよ馬鹿圭吾」
「ごめん」
「ハロウィンにしか出来ないだろ悪戯っ!」
「勇」
ちゅ、と目尻に溜まった勇の涙を唇で拭う。うん。やっぱり塩味も最高だな。
「ハロウィンじゃなくてもいいから」
「は?」
「そんな可愛い悪戯なら大歓迎だから」
「ば…!うっせ!」
胸に寄せられた勇の顔から、背中に回された腕から、密着した身体から温もりが伝わってくる。
「なぁ圭吾」
「ん?」
「トリックオアトリート」
続いて小悪魔のような笑顔を浮かべて俺の鎖骨にシャツの上から噛みついた勇に、俺が再び悪戯をするまで時間はかからなかった。
前で紡がれる英文を右から左に流しながら私は窓から青空を見上げていた。颯爽とするこの空の下で今頃あの二人はいかがわしい事をしているんだろうなと分かる。
「…全く、私が気を遣ってあげたんだから高いわよ?圭吾君」
後で帰ってきた彼から詳しく聞かなくては割りに合わない。それくらいしてもらって当然だと思ってもいる。
「楽しみだわ」
自然に溢れた笑みを自制しながら、私は意識を教壇へと向き直した。
後書き
二万打リクエスト「ハロウィンでトリックオアトリートな主勇」を書かせて戴きました!最初は千晶お嬢を出演させる気はなかったのですが、いつのまにやら彼女は登場していました(笑)侮りがたしお嬢(笑)
しかしこの小説、砂を吐きそうな程甘いである(^p^)
では井織様、この度は素敵なリクエストありがとうございました!もしよろしかったらお持ち下さいませっ!
2010/10/16