†良限†
□輪廻浪漫
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今日もまた誰かが狩られたらしい。
忌ま忌ましくも超越された嗅覚が血臭を運んでくる。
人ではない、独特の雰囲気を持つ血…。
自分と同じ………妖混じりの、匂い。
1.その者ヒトに非ず
『大正』
日本経済の発展を背景に都市化が進み、生活文化の西欧化が進むなかで、新しいライフスタイルを提案する百貨店などが登場するなど…明治から経済的に豊かになり、民主主義が芽生え始めたこの時代。
この物語は、そんな時代に出会った少年達の…。
「結!」
人が寝静まった丑の刻に溌剌とした少年の声が此処、烏森に響き渡る。その隣を白い装束を身につけた少女が駆け抜けた。
「遅いよ!もっとちゃんと狙いな良守っ」
「う、うるせぇ!見てろよ時音、あんなの俺の力で!」
良守と呼ばれた黒い装束を身につけた少年は時音に高らかに宣言すると、目の前に漂う『人ならざるモノ』に向かい掛け声とともに指を振り上げた。するとソレを囲うように半透明の青白く発光する四角いもの、結界が出現する。
「滅っ!」
結界が凝縮されたかと思うと一気に消滅する。満足げに笑う良守の横で、時音は槍の矛先部分と柄の間に輪のついた結界師が使う武器『天穴』を構え、すぐさま「天穴!」とそれらを吸い込んだ。
「あー!」
「ほんっと、アンタって馬鹿だよねぇ。天穴しなきゃ意味なんてないじゃないのさぁ」
わなわなと震える良守の側を白銀の毛並みと翡翠の目をもつ犬が漂う。しかしその犬は生きてはいない。証拠に腹から下がなく幽霊のようになっている。
そう、彼らは『妖』と呼ばれていた。
しかし一向に斑尾の嘲笑は止まらず、ついにはプツンと良守の中で何かがキレてしまった。
「うっるせぇぇぇ!斑尾の分際でーっ!」
「まっ!逆ギレなんてみっともないったらありゃしないよ」
「こんの化け犬!」
「化け犬は酷いぜヨッシー」
相変わらずの良守と斑尾を、時音の側で見ていた黒い犬の妖が茶化す。だが時音は相手にする気はないので軽くあしらうだけだ。
「白尾、余計なことをアンタは言わなくていいのよ」
「んーっ、ハニー!今日もスパークしそうなくらいにクールだぜ!」
「訳分からない事言わないで。終わったらとっとと帰るよ」
踵を反して颯爽と帰宅する時音を良守は慌てて追いかけた。二人の後を二匹の妖犬がついていく。
学生である墨村良守と同じく雪村時音は代々この烏森を守ってきた結界師一族の正統後継者である。開祖・間時守より受け継がれし力を持つ二人は夜な夜なこうして烏森の地を守っているのだった。
「ただいまー」
流石に明け方まで走った良守はくたびれてそのまま玄関に俯してしまう…つもりだったが。
「お帰り、良守」
「!」
くぐもってはいるが、凛とした声が頭に降り懸かる。
なん、で…。
だって今はあいつは遠い地に単身赴任していていないはずだ。少なくとも祖父からそう聞いていた。
なのに…。
「なんで、なんで兄貴がいるんだよっ!?」
「自分の家に帰ってきちゃ悪いの?」
笑みを浮かべたまま飄々とする坊主頭の青年。それは良守の兄・正守だった。
正直に言うと正守が良守は苦手だった。いや、苦手なんて可愛らしいものではなく大嫌いだ。まず第一に何を考えているのは分からないし、信用できない。
せっかくの眠気も披露も混乱に鈍らされる。
「なんの用だよ!」
「実はさ、今日から家に書生が来ることになったんだよね」
「…こんな時間に書生?…なんでだよ」
警戒する。大体今は朝焼けで、普通こんな時間に書生など来ない。第一正守の紹介という時点でありえない。
「…会えば分かるよ。御祖父様にはもう伝えてあるから」
「ふーん。俺学校なんだけど」
「挨拶だけだよ」
正守は相変わらず何を考えているのか読めない笑みを浮かべて良守を母屋へと連れたった。
障子の擦れた音と供に、戸口が開く。
「紹介するよ。志々尾限だ」
中央に正座していた少年が視線を良守に向けた。
びりっ…!と良守の結界師としての直感に衝撃が走る。
「…お前…」
つん、と尖った髪に獣のような鋭い瞳。紫色の装束から覗くのは少し浅黒い肌。
なにより良守が息を呑んだ原因は…。
「今日からお世話になります…志々尾限です」
淡々と語られる口元とは相反した鋭い殺気と、独特の雰囲気。
「兄、貴」
「やっぱりお前には分かるよねぇ。御祖父様には前もって言ってたし」
「書生って、嘘だろ」
「うん。限は俺が作った特殊部隊『夜行』の一人で、お前達の補佐役として派遣した…」
「妖混じりだよ」
やっぱりこいつ嫌いだ。
良守は心からそう思った。