一周年記念

□The past is not thrown away to me.
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ベジータという男は他人が自身の過去に触れる事を忌み嫌う。特に悟空が触れようとすると獣みたいに殺気立てて「黙れ」と静かに怒るのだ。
悟空もベジータに嫌われたくないので極力その事に触れないよう注意していた。
好きな人の全てを知りたいという欲求を我慢していた。
あの日、ベジータの愛娘であるブラからあんな発言を聞くまでは。

「ベジータ!」

C.C.にあるベジータの部屋の扉がバンッと乱暴に開く。部屋の主はベッドの上で読書中で、不粋な客人に苛立ちを隠す事をしない。しかし悟空は気にせず、ずかずかとベジータの横に立つと、視線すら寄越さないベジータに吐き出すように呟いた。

「ベジータ、おめぇどういうつもりだ」

「…貴様、人の部屋に勝手に入ってきて開いた口がそれか。謝罪の一つも言えんのか」

「今はそんな事オラどうでもいい」

「どうでもいい、だと?」

ベジータの雰囲気が剣呑なものへと変化したかと思うと、ゆるりと上体を起こした彼はぐいっと悟空の胸ぐらを掴みあげた。その口元には嘲笑がくっきりと浮かんでいる。

「相変わらず貴様の常識はずれには吐き気すら覚えるぜ。いきなり来て俺様に喧嘩を売ったんだからな」

「オラは悪くねぇ、おめぇが悪いんだ」

「ほう?貴様に何かした覚えがないこのベジータ様が悪いだと?…いい加減にしろよ、このバカロットが」

ベジータの殺気がどんどんと膨れ上がる。此処に彼の妻がいれば「つまらない事でいちいち喧嘩しないでよねっ」と一喝いれるだろうが、今はブラと供に街へ繰り出している。
つまり今は悟空とベジータの二人っきりなのだ。だというのに二人を包むのは甘い雰囲気などとは遠縁のものだ。

「理由を話しやがれ。貴様の単細胞をフルに働かせてな!…納得しなければ貴様を殺す」

「おめぇこそ、オラがこんなに怒ってる理由分かんねぇか?」

「単細胞の考えなどいちいち考えてられんな」

「…ベジータ」

悟空の声音が一段と低くなる。どうやら本気で怒ってるらしいと分かるが、ベジータには知ったことではない。身に覚えがない事で理不尽な怒りをぶつけられているのだ。むしろ被害者はこちらではないか!と考えていると、沸々と怒りが再び沸いてくる。
一度点火してしまった怒りを鎮めるのは、この二人にとって何より難しい事だった。

「くそったれめ。大体貴様が何に怒っているのか知らんが、例え俺様が何かしでかそうとも貴様には関係ない事だろう!」

「関係、ない?」

「前々から貴様に言おうと思っていたが、肉体関係を持ったからといって調子にのるな!そもそもアレ自体俺は合意ではなかったのだ!貴様が無理矢理強行したんだろう!」

「…そんな風に、思ってたんか?」

悟空の無機質な声がベジータの耳に届き、ベジータはハッとした。怒りに任せてずれた話までしてしまったが、どうやらそれは悟空の何かに触れてしまったらしい。
すとん、と悟空の顔から怒りも何もかもが抜け落ちていた。

「おめぇずっとそう思ってたんか?おめぇもオラが好きだったんじゃないんか?」

「…俺は常に貴様に言ったはずだ」

ベジータの唇から溢れた「嫌い」の三文字に悟空は凍り付いた。頭が真っ白になってしまったのだ。
悟空は相思相愛なのだと思っていた。ベジータの拒絶は照れ隠しなのだと思っていた。
だが、実際は、違ったのだ。

『肉体関係』、『無理矢理』、『強行』、『嫌い』

悟空の耳に残るそれらの言葉がベジータの拒絶を悟空に自覚させた。独り善がりの愛だったのだと。
だが、だからこそ納得出来た。ベジータが自分に過去を話したがらない理由を。
…彼の愛娘にしか自身の過去を話さなかった理由を。

『あたし聞いちゃったのよ!パパって惑星ベジータって星の王子様だったんですって!そして今までパパがしてきた事とか色々』

悟空が閉じた瞼の裏で慈愛に満ちて父を語っていたブラの笑顔が浮かび上がる。父の悪行に怒り、生い立ちに悲しみ、そして彼女は今を愛している。
そんな愛娘にベジータは過去を度々話しているのだという。
そして悟空は彼女から自分が知らなかったベジータの過去を聞かされたのだ。
あれがどれほど心に堪えたのか、ベジータは知りもしないし気にもしないのだろう。
何故ならベジータにとって悟空とは赤の他人なのだから。

「カカロット…?」

沈黙した悟空に不安を覚えたのか、ベジータがじっと見つめてくる。悟空はその視線に堪えれなくて、ベジータの手を払い一歩後ずさった。

「おい、カカロッ」

「止めろっ!」

悲痛な叫びがベジータを制止させる。驚愕に満ちたベジータの瞳が悟空を捕えた。悟空は笑っていた。泣きながら、笑っていた。
実際には流れていない涙さえ見えるような顔だった。

「オラ…もういい。疲れちまった」

「貴様は一体何を言って…」

「おめぇにも苦労かけちまったなベジータ」

怒鳴られたかと思えば軽く謝罪されてベジータは面食らった。しかしそれが穏やかなものではない事は一目瞭然だった。ベジータは溜め息を吐くと、ベッドから降りて悟空の目の前に立った。
悟空はもう、離れることすらしなかった。

「おいバカロット。貴様が一体何を勘違いして空回りしてやがるのかは知らんが、一から俺様にきちんと説明しやがれ」

「いいって、気にすんなよベジータ」

「貴様…!相変わらず苛々する野郎だな!このベジータ様が聞いてやると」

「関係ねぇんだろ?」

「な…っ」

「おめぇ言ったじゃねぇかベジータ。無理して嫌ぇな奴の話聞くこたぁねぇ」

その言葉でベジータは事態の深刻さに気付いた。…ズレがおかしい方へ捻れてしまった事に。そして自分の言葉が悟空の心を深く傷付けた事も。

「お、おいバカロット」

「関係ねぇから、嫌ぇな奴だから…おめぇはオラにおめぇの事を教えてくんねぇんだ」

「………………は?」

「ブラから聞いたんだ。おめぇブラに自分の事話してんだって。…オラが聞いたら怒っちまうのに」

そしてベジータは漸く理解した。悟空が怒って此処に乗り込んできた理由も、普段の自分の憎まれ口が悟空の骨の髄にまで響いてしまった理由も。

確かに、幾ら度量が広い悟空でも嫉妬で不安定な状態に自分の言葉は些かきつすぎただろう。

女々しい悟空を情けないと思う反面、少しだけ反省する。ベジータが悟空を嫌いな事も、肉体関係を悟空が無理強いしたのは事実だ。だが、ベジータはそう何度も嫌いな奴に体を開く様な真似はしない。

悟空だから、多少なりとも好きだから自らを預けるのだ。

「オラもう帰る。おめぇに迷惑かけちまったなベジータ」

「……て」

「二度と、おめぇ襲わねぇから安心しろよ。ブルマにも言わねぇ」

「…待て」

「じゃあな、ベジータ」

「待てと言っとるだろうが!!」

背を向けた悟空の頭に、ベジータの怒号と投げた分厚い本の角がヒットする。幾らサイヤ人と謂えど流石に痛かったらしく、悟空はその場にしゃがみ込む。

「〜〜〜てぇっ!」

「立て!!」

悟空の側まで大股で寄ったベジータは悟空を立たせて、そのまま勢い良く唇を奪った。突然の事に悟空はぴしりと固まったが、続いて襲った痛みに我に戻った。離れたベジータの唇に微かに付いた赤が己の血だと理解した瞬間、悟空の中で鎮火しかけた怒りが蘇ってくる。

「何すんだよベジータ!」

「貴様が話を聞かないからだろう!」

「関係ねぇんだろっ!?なんで嫌いな奴にチューなんかすんだよ!」

「確かに俺は貴様が大嫌いだ!しかし……本当に嫌いなら、こんな事したりはせんっ」

ベジータの顔が林檎のように熟れていく。悟空はというと、口をぽかんと開けてベジータを見ていた。
嫌いなのに、嫌いじゃない。

「だ、て…おめぇオラに話さねぇじゃねぇか!おめぇの事教えてくれねぇじゃねぇかっ」

「貴様は今までこの俺様のどこを見てきやがったんだ!」

「へ?」

「貴様が好きなのは過去のベジータ様か!?今の俺はどうでもいいっていうのか!えぇ!?暇があれば細かい事をいつまでもぐちぐち言いやがって!」

すっかりベジータの怒気に呑まれてしまった悟空は静止したままだ。しかしベジータは尚も言いつのる。

「貴様は…今の俺様を知っているだろう。ブルマやブラやトランクスが知らない事を、知っているだろうが」

それで十分だろう、とベジータは呟いた。
つまりベジータは悟空に対して、それなりに態度で表していたのだ。しかし悟空はそれに気づかなかったし、ベジータ自身も上手く伝えきれなかった。

「じゃあ、おめぇオラの事…好きなんか?」

「…貴様なんか嫌いだ」

相変わらずベジータは拒絶しかしないけれど、当初より幾分かその声は柔和だった。悟空は恐る恐るといった感じでベジータの頬に触れた。亡き父バーダックから受け継がれた力『読心術』を使うつもりなのだ。
ふわり、とした感情が悟空の五感に触れる。

「…ベジータ、おめぇやっぱりまだ昔の事気にしてたんだな」

「……ふん」

「辛かったんだな、悪いベジータ。オラ自分の事しか考えてなかった!」

悟空の逞しい腕がベジータを抱き締める。ベジータは何時ものように罵倒するでも抵抗するでもなく、ただ大人しく悟空に身を任せていた。

「ブラにおめぇの事話したのは、家族だったからなんだな」

ベジータは眉間に深く皺を寄せたまま悟空から視線を外さない。そう、ベジータは何時だって相手から視線を外そうとしないのだ。
プライドが擬人化したような男…それがベジータだから。

「おめぇ、ブラからおめぇの事知りたいって聞かれて断りたかったのに、逃げる気がしたんだろ?」

どんな事でも逃げる事は許されない。一度でも逃げてしまえば己のプライドに傷が付く。プライドが生きる糧となっているベジータにとってそれは酷く、恐ろしい事なのだろう。

「ベジータ…、ぉうっ?!」

急にぐいっと引き寄せられて悟空はバランスを崩しかけた。一瞬、ベジータの漆黒の眼だけが空間に制止したように感じられた。
しかし直ぐ様唇に触れた柔らかな感触が悟空の思考が再び支配する。
悟空が目を見開いて固まっていれば、ベジータは不敵に笑い見せつけるように唇を舐める。赤々とした舌が引く艶のある唾液の口紅に悟空は色欲を一層募らせた。

「貴様のご託等もう聞きたく等ない。俺に触れたいんだろう?」

「ベジー、タ」

「ブラも知らん貴様だけが知る俺様が見たいんだろう?この強欲野郎」

「オラ、オラはベジータが好きだ!だからおめぇに触りたい!でも、嫌だ!同意じゃないならオラは…」

「触っていい」

「え…?」

「認めたくないがな、貴様は…特別だ。だから触っていい、この俺様が許してやる」

「オラを好きってことか?…嫌いじゃないんかっ?」

「うるさい!…俺は嫌いな奴にわざわざキスなんかせん」

「〜っ!ベジータっ!」

悟空はぎゅっとベジータを抱き締めた。
触れた肌や赤く熟れたベジータの顔を堪能して悟空は笑顔になる。

「ベジータ、オラおめぇが大好きだ」

「ふん」



(タイトル訳「僕は過去を捨てられない」)



後書き
「黒カカ×黒ベジで大喧嘩したあとラブラブ」が皿田様より頂いた一周年リクエスト!
カカベジの大喧嘩と云えば地球滅亡もありえるような戦闘が思い浮かぶのですが、今回はあえて恋人らしく嫉妬大喧嘩にしてみました。
すみません、私の趣味ですっ!←

何はともあれ、リクエストありがとうございました!皿田様これからもよろしくお願い

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