一周年記念

□呑んだくれ兎
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『酒は飲んでも呑まれるな』


以前テレビで何らかの番組の司会者であろう男性がそう話していたのを、ふわりと真綿に包まれたように微睡む思考の角でベジータは思い出していた。

ふと視線を上げれば、漆黒の夜空と対照的な真白い燐光を放つ三日月がぽつりと浮かんでいた。淡くどこか冷えた光はこの真冬の空に映えている。
ベジータは右手に持っていた酒瓶をぐいっと口へ傾けると、白い息を吐き出し目を閉じた。

わいのわいの、背後の部屋からは陽気な賑わい声が聞こえてくる。
今日の新年会を企画したのはベジータの妻であるブルマだ。彼女は派手な気性の持ち主で行事には必ず友や知人を呼び賑やかな集まりが開始される。
今日も今日とてこの通りだ。

「…ふん、地球人ってのは相変わらずくだらねぇ事が好きな奴らだぜ」

ベランダに佇みベジータは悪態をついた。ベジータにとって悪態は一種の習慣みたいなものなので、当初に比べ彼の知人達は今ではあまり気にしていない。
一人、この静かな時間が心地いい。
決して騒ぐのが嫌いなわけではないが、一人でいる方が落ち着くのだ。酒のせいでかっと熱い頬、身体、頭に当たる風の冷たさにベジータはほぅと息をついた。
しかし何故だか、今日は少し何かが物足りなく思う。…何が物足りないのかはベジータも理解していた。

「…カカロットの野郎、何やってやがる」

ベジータはこの騒ぎに誰よりもはしゃぎそうな、それでいて未だに姿を見せない漆黒の蟹頭を思い出し舌打ちした。
別に寂しいわけではない、…寂しいわけではないのだが。

「何故来んのだ馬鹿野郎、真っ先に俺様に新年の挨拶にくるのが当たり前じゃないのか」

ぶつくさと文句を呟き酒を煽る。喉がかっと焼けるような熱にベジータは酔っていた。
だからかもしれない、と思う。

こんなにも何処か満たされないのは。

こんなにも欲しくて、寒くて、温もりが愛しいのは。

酔っていつもの己を見失っているからなのだとベジータは正常ではない頭で思った。
ぐびりと酒瓶の底にあった酒を口に含み勢いよく飲み干した。ちびりちびり飲んでいた時に比べ、嚥下した量も熱も脳髄に響く刺激も倍でベジータはくらりと後ろに倒れ、雪の下から少し覗くコンクリートに頭をぶつける…はずだった。

「飲み過ぎだぞベジータ」

ぼうとするあやふやな視界と思考の中で、耳朶に触れる荒い吐息に混じった声だけがいやに鮮明にベジータの脳髄に響く。ああ、とベジータは微睡む意識の中吐息を漏らした。

「カカロット…」

「顔真っ赤だぞおめぇ。オラの気にも気付かねぇし、ぶっ倒れそうになっちまうし。食いかけの肉置いて来ちまった!」

カカロット、もとい悟空の胸に背中を預けたままベジータは只じっと彼を見た。子供のように無邪気な光を発する漆黒の瞳は柔らかく笑んでいて、ベジータを支えている大きい手から伝わる温もりが心地よい。

「遅いぞカカロット!…貴様ぁ、新年の挨拶は真っ先に俺様に来い!!」

「へ?オラてっきり来んなって言われるかと」

「やかましい!俺が来いと思ったらすぐに来やがれ!」

「そ、そんなむちゃくちゃだなぁ」

悟空は困惑したような、しかしどこか嬉々とした表情を浮かべてベジータへと目線を下げた。ふいに悟空の唇が淡く艶めいた気がしてベジータは軽く目を見張った。

「貴様、リップなどつけていたのか…?」

「リップ?なんなんだそりゃ?」

「…知らんのか」

悟空は眉間に皺を寄せて首を傾げている。そう言えば先程「肉を食っていた」と聞いたような気がしないでもない。もしそうならば、悟空の唇に付いているのはてらてらとした油だろう。
相変わらず下品な野郎だとベジータは内心罵倒した。

「おいベジータ?どうかしたんか?」

確かに今日の自分はどうかしているのかもしれない。普段なら潔癖の自分は油に濡れた唇なんて下品過ぎて苛立ち罵詈雑言を浴びせるだろう。否、その前にカカロットという存在自体に苛立っているはずだ。
しかし今日は、やはりおかしい。

「ベジータおめぇやっぱり酔ってるんか?今日のおめぇは変だぞベジータ」

厚い唇が名を紡ぐ度にカッと喉や心身を焼き付くすような波が発つ。ふっくらとした弾力があるソレを見ていると、口内に唾液が沸き、嚥下する度にベジータの白い喉仏が上下に動く。

喰いたいと思った。

歯みたいと思った。

ソレは酒に酔っているからなのか。

ソレはカカロットに酔っているからなのか。

「ベジー」

がしっと顔を掴み引き寄せその唇を奪う。妻子を持っていながら、新年早々に不倫相手とキスする等、自分でもどれだけの裏切りか理解している。
うっすらと目を開けてみれば、滅多にないベジータからのキスに悟空は目を瞬かせていた。何が起きたのか分からないという顔で、只ベジータを見ている。

「カカロット、今度から余程の事がない限り俺様を優先しろ。わかったか?」

「お、おう」

「上等だ」

そう言ってベジータは再度悟空の唇を食み、顔から湯気を出す悟空を見て口角を上げた。


「新年明けましておめでとう、馬鹿ロット」


(兎は寂しいと死んでしまうんだ)

後書き
まずは遅くなりまして本当に申し訳ありませんでしたっ!
時間をかけた結果これかと思われても仕方ないかと思います泣

しかし一周年リクエストして頂きありがとうございました!
これからも未熟な管理人共々よろしくお願いいたします!

2011/2/13

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