†@ラス†

□じゅーんぶらいど
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そこはこの赤い世界と不釣り合いな程純白だった。中に入れば、辺り一面悪魔が嫌いそうな十字架やマリア像が並んでいる。悪魔となった己の身になんら不快感もなく、圭吾はただただ驚いた。

日常という名の螺旋が破壊され早数カ月。
初めは拒絶していた力も馴染んできたこの頃。
圭吾は、ふと、そこに寄った。
まるで誘われるかのように。

そこは受胎前、『結婚式会場』と呼ばれていた所だ。彼とともに立ち寄った事があった。



『おい圭吾!見てみろよアレ!』

『結婚式?』

『俺もいつか祐子センセーとあんな結婚式挙げたいぜ!』

『…』

『なんだよその可哀相な人を見る目は!いいんだよ!夢は自由なの!』

『可哀相とは思ってないけど。ただ』


昔、確かに近くにあった温もり。
握りしめた手は汗ばんでいた。


『俺を選んでほしい』

『ばっ…か!』

『本気だから』

『〜っ』

『勇』

『わかったよ!ワカリマシタ!そこまで圭吾が俺にぞっこんラブなのはよーく分かりました!』

『じゃあ、』

『ただし!俺はジューンブライドじゃないと嫌だからな!大体女役なんて夜だけで十分だっつーの!』

『ウエディングドレス、勇なら似合うよきっと』

『うるせぇ!』



しばしの回想から現実に戻った圭吾は何列もある長椅子の一番前に腰掛けた。休息をとるだけ、それだけのつもりだったのだ。
なにせ外はカグツチが真夏の太陽のように暑い。暦でいえばそろそろ、否、もう六月なのだろう。

「ジューンブライド、か」

彼は覚えているだろうか?自分と同じ悪魔となってしまった彼でも、記憶の片隅に残っているだろうか?
残っているなら純粋に嬉しい。
残っていないなら、仕方ないかもしれないが、寂しい。

「勇…っ」

真夏の笑顔が泡のように弾けて割れる。
代わりに膨らむのは冷酷な勇の笑顔。
ほら、目の前に写る残像のような金の瞳が…。

違う、残像なんかじゃない…。
圭吾はゆるりと前に佇む大きなマリア像に座る人影を見た。

「よぉ圭吾、相変わらずブヨージンなんだなお前」

黒のキャスケットやズボンや靴は変わらないのに、上体だけが裸で思念体がうごめいている。
人のようで人ではない。
だが、くすくすと圭吾を見下ろしながら笑っているのは真実勇なのだ。

「今お前、俺に三回は殺されてたぜ?」

「…勇、俺」

「負けないとでも言うつもりかよ?はっ、さすがは圭吾サマサマだな」

「違う!俺は…っ」

聞きたいだけなのだ。ただ純粋に約束を覚えているのかどうかを。
まだ想いの残滓があるのかを。
だが、いざとなってどう言えばいいのか分からない。というよりも、勇が纏う雰囲気が圭吾自身を拒絶しているように感じられてすくんでしまう。
圭吾はそんな自分に苛立ち拳を強く握った。

「…そういえば昔、ていうか受胎前ココに来たよな」

「!」

いつの間に降りていたのか、勇が隣にどすっと腰掛けた。久しぶりの至近距離に胸が高鳴る。いやそれよりも彼が覚えていてくれた、その事実が圭吾の体を歓喜で溢れさせた。

「…なぁ圭吾、俺さ」

キャスケットを深く被り直す勇は前に会った時より華奢に見えた。過酷なこの世界で生き延びる為に、彼もまた心身共々疲労していたのだろう。
圭吾は労るように勇を見つめた。

「…まだ、勇かな」

「え?」

「最近さ、俺自身誰かワケ分かんなくなっちゃうんだよな。悪魔なのか勇なのか」

「勇…」

「なぁ俺は勇か?悪魔か?」

見上げてくる金色の瞳が揺れる。それは圭吾が久しぶりに見た以前のままの勇だった。見えっ張りでプライドが高くて不器用だけど、本当は怯えてて優しい可愛い勇。
今も昔も勇は勇のままだった。
だから圭吾はぎゅっと華奢な体を抱き寄せた。

「勇は勇だ。大丈夫」

「…」

「好きだ、勇」

びく、と勇の体が震えた。顔を見れば「何言ってるんだ?」と驚愕している。

「お前馬鹿かよ…っ?!俺はお前を殺そうってんだぜ?!」

「知ってる」

「利用しようとしてんだ!なのになんでそんな言葉が出るんだよ!イカれてんじゃないのか!?」

「イカれてない」

腕の中の勇が罵声を浴びせてくる。圭吾はただ静かにソレを受け止めた。

「ばっ…かだぜ…っ!お前…っ」

「勇馬鹿だ」

「…悪魔なんだぞ」

「知ってるし、俺も同じだ」

圭吾は自身に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
この冷たい身体に少しでも熱が伝わればいいと思うように、寂しい心に温もりを与えたい。

「好きだ、好きなんだ勇」

「圭、吾」

「約束、覚えてる?」

「ワスレタ」

「勇は嘘つきだ。…今六月」

じと、と温い肌が密着し熱い唇を互いに貪りあう。濡れた舌が唾液と絡まり躍動した。
足りない、これでは足りない。
もっと深くまで彼の燃えたぎる冷たさを感じていたい。

「圭…っ」

「誓いのキス」

真っ赤に熟れる勇の顔は林檎のようだと圭吾は思った。今すぐに噛り付きたくて歯が疼く。

「焦らす、な…っ馬鹿っ」

金色の瞳が熱で潤む。熱に溶かされていく氷のようだ。やがて水滴は涙として流れていくのだろうか。
その熱は己自身が与えているのだと思うだけで簡単に興奮する。
自分の理性の薄さに苦笑が漏れた。

「なに笑ってんだよ!」

「ごめん。あまりにも勇が可愛いから」

「は…!?」

「勇は、可愛い」

圭吾が耳元で囁くと勇の身体が跳ねる。

「勇」

「?」

「貴方は永久に沖浦圭吾を愛すると誓いますか?」

「!」

いつぞや聞いた神父の台詞を言ってみる。うまく感情は込められなかったが、圭吾なりに真摯に言ったつもりだ。
瞳と瞳が交差する。
勇の瞳が、悲しげに儚げに微笑んだ。

「バカ圭吾、俺もお前も悪魔なんだぜ?

「だから神には誓わない。代わりに俺に誓ってくれればそれでいい」

「自分を殺すかもしれない奴に愛を誓えって?それか俺がお前を殺すかもしれないんだぜ?」

「…俺は、勇になら」

それは圭吾の偽りない本心だった。勇の顔が苦渋に満ちていく。今にも泣きそうだな、と圭吾は思った。

「だからバカって言われんだよ…っ!」

「うん」

「くそっ、ちくしょう!お前マジムカつく…っ」

「うん。…なぁ勇、誓ってくれ」

勇の瞳が怒りと羞恥に揺れる。もしかしたら自分は今殺されてしまうかもしれない。
しかし圭吾には十分だった。今この瞬間が幸せであればいい。例え後にどんな結末を迎えようとも、今圭吾の心はひたむきに勇に寄り添えているのだから。
願わくば、永遠とこの時間が続けばいいのにと思いながらも。

「勇、好きだ」

「うるさいっ」

「好きだ」

「うぜぇ!」

逃げるように勇の視線が泳ぐ。しかし圭吾が勇の顎を掴み視線を圭吾に固定させた。
逃がさない、逃がすつもりなどない。

「勇、俺を見て」

「ッ」

勇の思考を完全に圭吾に書き換えていく。ふいに勇の背後に白いベールを見つけた。多分ソレは長椅子に飾られたものだったのだろうと流さや薄さから想像できる。圭吾はそれを取り勇の頭から被せた。

圭吾は、息を呑んだ。

「圭吾…?」

熟れた裸体が纏う薄い純白なベール。魅惑な香りと清純さが交わり圭吾を魅了する。
悪魔の花嫁、なんと淫靡な響きだろうか。

「綺麗だ、勇」

「うっせぇ!」

「…愛してるんだ、だから誓って下さい」

その時勇は本当に泣きそうで。
又同時に圭吾も泣きそうで。
お互いが(いっそ泣いてしまえばいいのに)と想い合う。

「俺は、」

「ジューンブライドじゃないと、嫌なんだろ?」

「…っ」

「好きだ」

「……俺も、好きなんだよお前がっ」

乱暴に紡がれた勇の愛の言葉が圭吾の身体に染みていく。
圭吾は思った。
ああ、出来るならこのまま時が止まってしまえばいいのに。
そうすればいつまでも殺され殺す事はなく、素直に生きていけるのに。


ジューンブライドの誓いのキス。


それは涙の味だった。




アトガキ
ウズマク/井織様が主催している『ジューンブライド企画』に投稿させていただく作品です。
最初はかなり甘めでしたが、私はギャップが好き←Σ
というわけでしてダークな感じにしました。清楚なぞ知るか!(笑)


というわけでして←
井織さんこの度は素敵な企画をありがとうございました!


2010/05/21

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