†カカベジ†

□導 →輪廻←
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どくりどくりと脈が高鳴る。耳障りだ。
ざぁざぁと雨が地面を打つ。鬱陶しい。
しかし今は鼓動よりも雨音よりも、自分の目の前で渋面しているこいつの方が鬱陶しい。


「答えろ、俺は此処にオーダーした時も会社名しか言わなかった。貴様の前では一度も名乗っていない。なぜ俺の名前を知っているんだ」

「…笑わねぇ?」

「笑うだと?ふざけるな、こんな得体の知れん事実を笑えるか、くそったれめ」

ベジータは苛立ち舌打ちする。悟空はそんな彼の態度を見ながら、ぐっと拳を握りしめた。

「オラの名前、わかるか?」

「?何を訳の分からない事を言ってやがる。大体、今はなぜ貴様が俺の名前を知っているかという話だっただろうが」

「いいから答えてくれよ」

「ちっ…、孫悟空だろ」

悟空は目を見開いて悲しげに微笑み、ふるふると首を左右に振った。ベジータはそれこそ驚愕し、ふざけているのかと込み上げてくる怒りを声に出した。

「ふざけるな!貴様のネームプレートにはそう書いてあるだろう!!」

「違ぇよベジータ、オラは確かに『孫悟空』だ。だけどおめぇしら知らないはずの名前があんだ」

「言いがかりもいい加減に…!」

「嘘じゃねぇ」

黒曜石の瞳が貫くようにベジータを直視する。あまりにも真っ直ぐな悟空の目力にベジータは一瞬怯むが、負けじと己に叱咤して睨みかえす。

「ベジータ…」

熱が隠(こも)った吐息と供に紡がれる名前にベジータの鼓膜が熱を持つ。まるでそれは愛撫のようだとベジータは思った。
悟空の生温い視線はまるで直に触れているかのようにベジータの肢体を撫で上げ、そしてまた視線が交差する。
未だに感触が残る指に火がついたように、そこだけが妙に熱い。

背中をゾクリ、と甘い微力の電気が走る。

「ベジータ、ベジータ」

悟空は理性を失ったかのように本能のみでベジータに近寄る。その度にベジータは後退り、やがて壁へと張り付けになった。慌てて逃げ道を探すベジータの上に悟空は覆い被さり手首を縫い付け、抵抗力を捩じ伏せた。
ベジータは焦った。それは彼がこの世に誕生して初めてなくらい焦っていた。
身体は拒絶しているのに心はこの得体の知れない男を渇望している。
己が己ではないようで、ベジータは恐怖した。

「ベジータ…オラちゃんと待つつもりだったんだぜ?」

「な、にを」

「おめぇがオラを思い出してくれるまで、待つつもりだった。何日過ぎようたって」

ベジータの耳に優しげな、だがどこか無機質な声音がかけられる。続いて悟空はその身体をぎゅうっと抱き締めた。ベジータは、硬直した。

「なぁベジータ、おめぇひでぇよ。なんでオラだけなんだ?オラだけがおめぇを好きだったんか?」

意味の分からない言葉を紡ぐ悟空にベジータは感じ取った。このままでは駄目だ。―…してしまう。何かを思い、出してしまう。
多分それは嫌なものだ、とベジータは直感した。

「離せっ!俺様に触るなっ!」

「思い出してくれよベジータ…っ」

「嫌だ!やめろ…!離せ、離せカカロット!」
呼吸が止まる。ひゅっと吸い込んだ酸素が喉に蓋をしたかのように、ベジータは苦しみを覚えた。
今、自分は何を言ったのだろう。

「…ベジー、タ。おめぇ」

悟空も驚愕のあまり立ち尽くす。緩やかになった拘束から逃れるようにベジータは床に座り込んだ。
頭を殴られたかのような鈍痛に耐えるように瞼を閉じる。なにかが自分の中で起こっている。
ふと、耳に聞こえる声があった。

『今日こそ決着をつけてやるぞ!カカロット!』

『俺は昔の俺に戻りたかったんだぁぁ!』

『殺してやる!カカロット!』

バラバラのパズルが完成されたように、ベジータの中で記憶は再生される。
ああそうか、そういうことなのか。すんなりと受け入れている自身をベジータは感じていた。

そして意識は過去から現在へと、一人の男により呼び覚まされる。

「……ータ、ベジータ!」

うっすらと瞼を開けば、悟空がみっともなく泣いていた。ああ彼は変わらない。
昔から無邪気で餓鬼のようで苛々する、とベジータは痛む頭で考えた。
悟空はベジータの意識が戻ったことを確認するとぺたんっと座り込む。

「よかった…!オラベジータが死んじまうんじゃないかって!」

「勝手に殺すな。相変わらず貴様は単細胞な野郎だぜ、カカロットさんよ」

「………………え?」

悟空の涙がぴたりと止まる。なんて間抜けな面だ、とベジータは舌打ちした。

「ふん!貴様があんまりにもしつこいから、つまらない事を思い出しちまったぜ」

「べ、ベジータ、これは夢なんか?」

戸惑う悟空にベジータは口端を吊り上げ、容赦なく右ストレートを叩き込んだ。当然ガードを取れなかった悟空は顔面に拳を喰らい、目をぱちくりしている。

「ちっ、やはりもうサイヤ人じゃねぇのか」

「べ、ジータ…痛ぇ…っ」

「ふん!本当なら今すぐぶち殺してやりたいところだぜ!」

悟空は感涙した。ああ昔と幾分も違わぬ彼がいるという奇跡に涙を流した。衝動のままにベジータの唇を塞ぐ。抵抗しない。

「ん、ふ…っ」

互いの酸素を貪るような荒々しいキスにベジータの頭はじん、と心地よく痺れる。しかしながら久しぶりなので舌が逃げ腰になってしまう。そのたびに悟空の舌が逃さないとばかり絡み付き水音がたつのだ。
暫くそうしてやがて銀色の糸が引かれながら唇を離される。ぼう、とする思考で時計を見れば約束の時間まで後数十分。

「…どけカカロット」

「嫌だ」

「邪魔だ。約束がある」

「嫌だ」

「いい加減にしやがれ、この万年発情気野郎。今すぐ離さないと二度と貴様とは口を聞かんからな」

「それは嫌だ」

渋々悟空はベジータを解放する。ベジータは身なりを正して花束を取り戸口まで歩き出した。先ほどまでの曇天が嘘のように、晴れ晴れとした青空が目の前に広がる。

「おいカカロット」

「なんだっ?ベジータ」

「俺様が欲しければ」

真っ赤な薔薇の花束をかかげながら、振り向きにやりと笑う。

「せいぜい頑張って俺様も見惚れるようなイイ男になるんだな。ま、貴様には無理だろうがな」

そう言ってベジータは歩きだす。
遠ざかる背中に慌てて悟空は声を張り上げた。

「ベジータ!ちゃんと待ってろよ!オラすげぇ強くなっておめぇをまた迎えに行くかんな!」

勿論、「公共の場で何ふざけたことぬかしてやがるんだ貴様は!」と、林檎のように真っ赤なベジータの怒号が響いたのは言うまでもない。



こうして二人の運命は螺旋の輪廻によりまた深く交わり、停まった時間は再び進みだしたのだ。




アトガキ
遅くなってしまい申し訳ありませんでした。しかも同居できなかっ…、ベジータさんが妥協してくれませんでしたくすん。←←
本当にリクエストありがとうございました!
リクエストしてくれた方のみお持ち帰り可能です(^-^)


2010/07/04
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