†@ラス†
□サンデー・メリーゴーランド
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主SIDE†『ただいま』
「…何でこうなるんだよ」
隣でぱたんぱたん、と勇が地面を蹴っている。怒ってるのかな?勇はむずかしい顔をしてる。お父さんみたい。
「ごめん」
とりあえず謝ってみる。だって勇は初めてできた男のお友達だから嫌われたくない。
すると勇はため息をついて、おれの頭をがしがし撫でた。痛い。
「謝んなよな。お嬢が気まぐれなのはいつもだろ」
そう、今日は千晶と勇と遊園地にいくはずだった。だけど千晶が急に来れなくなった。なんて言ったかな。じゅく、だったかな。
「いさむは、ちあきときたかった?」
「ああ来たかったね」
「いさむはちあきが、すきなのか?」
「はぁ?!なに言ってんだよ!」
勇は苺みたいに真っ赤になってる。可愛いな、て思ったけど、あまり面白くない。
なんでだろ?
「と、とっとと行くぞっ!」
ごまかすみたいに勇はおれの腕をひっぱった。痛い。
その後勇は色々連れていってくれた。ぐるぐる回るジェットコースター(子供用)やコーヒーカップ、ウォータースライダーを乗った後は「服が濡れちまった!」って言ってた。
おれも濡れたけど、ドキドキして楽しかった。お父さんやお母さんと来た時とは違う。
「いさむ」
「なんだよ」
「たのしい、ありがとう」
「な、なんだよ急にっ!」
勇が手に持ってたアイスを落としそうになった。もし落としたらおれのあげよう。
「いさむ」
「あー?」
「つぎ、いきたい」
「早ぇよ!アイスまだ食ってねぇだろ俺!」
「…ごめん」
楽しすぎて我が儘をつい言ってしまった。下を向いたら手にもってるアイスがゆらゆら揺れる。なんだろう、目が熱い?
「な、なんなんだよお前!泣くなよもう!」
慌てた勇が黒の長袖で俺の涙をふいてくれた。そうか、おれ泣いてたんだ。
「お前ってさ」
勇が笑ってる。すごく優しい笑顔。
「マセてんのに、やっぱりガキだよな」
なんでだろう。勇の笑顔見てたら心臓のとこがドキドキいってる。病気かな。でも暖かくて、いい気持ち。
「いさむ、ありがとう」
「涙拭いたくらいで礼かよ。やっぱりお前マセガキ」
…ちがうんだけどな。
ご機嫌できょろきょろしてる勇の隣で、熔けかけたアイスを食べる。冷たくて甘いのが口いっぱい。
「なぁ圭吾、次あれいこうぜ」
「あれ?」
勇が指差す方を見てみる。そこは沢山の人でいっぱい。
「お化け屋敷」
勇が本当に楽しそうだったから、おれは小さく頷いた。
「うわ暗っ!」
「…」
真っ暗な道を勇と一緒に歩く。ぎゅっと手を繋ぐ力をいれたら「痛っ」と言われた。
どこからか、ひゅーなんて音がしてくる。トイレに行っとけばよかった。
「いさむ」
「なに?」
「はやくいこう」
「ははっ。なんだよお前、けっこうビビり?」
「ちがうっ」
そうかもしれないけど…怖いよりこれは嫌だ。暗いのは嫌なんだ。なんていうのかな?いちゃいけないって思う。
勇、勇、早く出よう。
ぐいっと繋いでる手を引っ張った。
「いさむ…」
「大丈夫だって。俺がいるじゃん」
勇がいてくれる。一緒にいてくれる。
心臓のとこがまたドキドキしてる。
そうだ、勇がいてくれるんだ今は。
…?今は?
「あ!此処見てみろよ圭吾」
勇が指差すとこを見ると、四角い石が緑色?に光ってた。ぴかぴかして綺麗。
少し触りたくなってしまった。
「見てこいよ。此処にいてやるからよ」
「…ほんと?」
「本当だって。ほらよ!」
繋いでた手が離された。おれはそのまま石に触った。少し暖かい。
真っ暗な中で緑色にぴかぴか光る石。
…あれ?
「おれ、みたことある?」
すごく不安になった。不安になったから、勇にぎゅってしてほしくなった。
「いさむ!…いさむ?」
振り返ってみたらそこにいたはずの勇がいなくなってた。おれは名前を呼びながら歩く。
暗い中、出てくるお化けより勇がいないほうがすごく怖くて。
勇、勇、勇…!うそつき!
「いさ…っ」
息が苦しい、頭が痛い。
あまりにも怖くて痛くて悲しいから、ぎゅって瞼を閉じた。
『勇…もう、一人にしないから』
「あれ…?」
闇の中で誰かが泣いてる。それは多分、おっきくなったおれ。
『勇、俺は…お前を壊すよ』
『ごめんな勇』
『好きだっ、勇…っ』
ぐるぐるとビデオを見てるみたいに目の前が変わる。そして真っ暗から真っ白に変わったかと思ったら。
『俺は、俺の世界の創造を望む…!』
「………………あ」
思い出した。
俺が勇や千晶を殺した事も、受胎という悪魔が蔓延った世界に悪魔として生きた事も。
この世界を望んだ事も。
二度と離さないと、胸に抱いた約束も。
「…おれは、おきうらけいご…ひとしゅら」
呟いた瞬間、映像が一気に流れこんできた。思い出したくなかった真実も、肉を裂く鈍い感触も痛みも。
中途半端に受胎前の知識も蘇るから怖くて、怖くて、今の俺の存在がひどく不安定に思えてきて。
「いさむっ、いさむ…!どこ…!」
抱きしめて、「大丈夫だ」って言ってほしくなった。「お前はお前、人修羅じゃなくて沖浦圭吾だ」って俺の存在を認めてほしくなった。
歩く度に、敏感になりすぎた感覚が周囲を異常に警戒してしまう。涙でゆらゆらと視界が揺らいだ。そして、
「圭吾!」
焦がれた声が、求めた声が、耳朶に触れた。視線を向ければ、勇が息を乱してこちらに走ってきている。
「いさ……」
力強く抱きしめられた。勇からお気に入りだったはずの香水【ゴースト】が香る。受胎前と変わらない勇の好み。
ああ勇の匂いだ、と安堵する自分がいる。
「悪い!お前をちょっと驚かしたかっただけなんだ…っ。悪い圭吾!ごめん!」
ああ、言いたい事は沢山あったのに。
馬鹿とか嘘つきとか、ひどいとか。
でもとめどなく溢れてくる涙で言葉が形作れなくて。
勇が戸惑っているのが手にとるように分かる。
「悪かったよ、圭吾…っ!泣き止んでくれって」
「いさむっ、いさむっ」
すごく怖くて、切なくて胸が痛くて。
それでも俺からは、
「ごめん…っ」
続いて出た言葉はきっと、一時でも罪を忘却の彼方へと追いやってしまったことへの断罪で。
「まもる、から…っ」
勇の瞳が戸惑いと驚愕に見開かれる。
半狂乱になっていたから、とか。言い訳は出来たかもしれない。
でも、俺にはそんな余裕が全然なくて。
それでもって背中をさすりながら出口へ向かう勇があまりにも優しいから。
何かに堪えるように閉じられた唇が痛々しいから。
俺の涙は最後まで、止まらなかったのかもしれない。
「…」
「……」
「…」
「……、人修羅」
びく、と俺の肩が震えた。濡れたタオルで塞がれた視界が余計に勇の表情を気にさせる。枕にしてもらってる勇の膝が少しだけズレた。
「よく夢に奴が出てくるんだ。なんかこう今時流行らねーよーな変なイレズミしてさ」
「…」
「そいつ、悪魔みたいなの連れてるわけ。桃太郎みたいに犬とか猿とかキジとかじゃなくてさぁ悪魔だぜ?悪魔」
苦笑する勇の声が震えている。
それは、俺がそうさせてしまったんだ。
「しかも可哀相にさぁ、力ありすぎてソイツ利用されまくるの。馬鹿みてぇに。で、アイツ闘っていくんだ、…泣きながらさ」
「いさむっ!」
止めてくれと言わんばかりの悲鳴だった。分かっている。俺が起こした罪だという事も。
「…正直、複雑なんだよ今」
タオルが除けられる。視線いっぱいに広がったのは、今にも泣きそうな勇だった。形の良い眉がハの字になっている。
ああ、そうか。勇もやっぱり思い出してしまったんだ。
「馬鹿じゃねぇの…お前さぁ」
「…」
「護るってなんだよ…っ!俺を壊したのお前じゃん!千晶を壊したのお前じゃん!」
「うん」
「なんで、なんで、思い出させるわけ…っ!?意味わかんねぇよお前!」
「ごめん、いさむ」
ぽた…と生暖かい涙が頬に落ちた。
ああ泣かせてしまっている。
勇も不安なんだと、怖いんだと分かった。
短い腕を伸ばして濡れた頬に触れる。
「おれが、よわくてごめん。おれが、にくい?」
はっ、と勇が息を呑んだ。
憎いなら殺してくれてかまわない。勇を犯罪者にするのはとても嫌だけど、全てを知る彼には権利があるのだから。
俺の役目は『創造』。
役目を終えた俺は裁かれるべきなんだから。
ゆっくりと、瞼を閉じる。
「いさむ」
「っ」
細く長い指が俺の喉に軽く触れた。
幸い、此処は遊園地内でも人通りが少ない茂み。子供一人いなくなった所で分かりはしない。記憶に残らない。
そう、初めから俺は『一人』だったじゃないか。
千晶や俺が認識していた沖浦夫妻は、創造された者なのだから。
「…お前、まじでマセ餓鬼だし最低だな…」
「うん」
「ふざけんなよ馬鹿野郎…っ」
「うん」
「俺はお前が憎い!ああ憎いね!」
「…いさむなら、いいから」
それは偽りない純粋な真。
そして、苦しみは襲ってきた。けれど、
「いさ…っ、!」
それは首を絞められているからじゃない。
勇に唇を塞がれているからだと分かった。
すぐそれは離されたけど、呆然と勇の顔を見たら真っ赤でみっともないくらい泣いてて。
「いさ」
「お前は馬鹿圭吾だ!何楽に走ろうとしてんだよ!?死ねばいい!?自分一人が犠牲になればそれで済む!?ふざけんなよ!何様なんだよお前!」
「いさむ…」
ぎゅっ、とまた抱きしめられた。
なんで、どうして…?
疑問と困惑が俺の胸を締め付ける。
「俺はお前が憎いよ。千晶だって記憶取り戻したら、多分いや絶対全力でお前を殺しにくるかもな」
「なら、なんで」
「死ぬだけが、方法じゃないじゃん」
「!」
「しかも、そんなに何で笑えるんだよ!」
「…」
「そうだとさぁ、昔の俺やお前と変わんねぇじゃん…っ」
「いさ、む」
勇が起き上がり、俺を膝に座らせた。
ああ、なんでお前は…。
「今度は、護ってくれるんだろ…?馬鹿圭吾」
そんなに綺麗に笑えるんだろう。
勇があまりにも綺麗に笑うから、止まっていた涙がまた流れる。
「…うん、おれが、まもるから」
「期待してるぜ?」
「うん。…なぁいさむ」
「ん?」
「ちゅーして」
「ざっけんな!マセ餓鬼!」
「なきやめない」
すると勇は舌打ちしながらも、俺の頬にチューをした。不服だ。
五才だからってなめられては困る。
だから俺はお返しと言わんばかり勇の唇を塞いだ。
逃げ腰の勇の舌を一生懸命手繰り寄せる。ああくそ、幼いから舌が届かない。もどかしい。
「ん…っ、ふ」
勇にもっと感じてほしいのに。
感謝の気持ちと精一杯の謝罪を。
ああくそ、この年齢と身長のブランクが無くなればいいのに。
「けぇご…ぉっ…!」
離された唇から獣じみた呼吸が漏れる。
勇の腕が俺の背中に回された。
「お前が、俺と同じ年齢なら…」
それは多分、他愛ない一言で。
そして俺はその一言で気付いたんだ。