□影
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慣れた動作で刀を上下に振るって、滴る他人の血液を払う。
落ちきらなかった分は隊服の裾で拭い取ってから鞘に収めた。
今回もたくさん人を斬った。
死臭が、周囲を漂っているのがよく分かる。
グラリと視界が揺らいだ。
昨夜から寝食取らずに張り込んで刀を交えた数は十数人。
いくら隊内では若い方だといえ限界があるのだ。
傾く体が倒れないように足を動かすとピチャリと水音がした。
下に眼を向けるとまだ出来て間もない血溜りに足を突っ込んでいた。
もう一度動かせばまたパチャリとどす黒い水面が揺れる。
日没間際で部屋の中も薄暗いのに、やけにはっきりとそこに白い無表情な顔が浮かんでいるのが見えた。
ぼんやりと白い顔と向き合いながら、こんな水分が数時間前は熱を持ち、しなやかな肉体の中を流れていたとはおかしい話だと思った。
こうしたのは己なのに。
無駄な野望を抱いて突き進んでいた生命を、ただの肉片に変えたのは自分なのに。
久しぶりの感覚に全身から力が抜けていくのを感じる。
照明器具もない雑居と化した室内の闇が濃くなるのと同じ早さで落ちる。
おちていく。
視界を巡らせれば見えるそこらに転がった肉塊が這い出して口を開き、恨み言でも唱えるのではないか。
そんなものに耳を貸す気なんて無いけれど、死者が動くという自分の妄想が気持ち悪い。
無意識に腰に手をやった。
カチャと軽い音がして、見なくても刀がそこにあるのが分かる。
血やら油やらで今はその輝きを失っているが、研けばまた眼を焼かんばかりに煌めく筈だ。
大丈夫。
大丈夫。
おんなじだ。
迷っちゃいけない。
守るものが、あるのだから。
何にも変えられない唯一の光を守るのだから。
何度か深く息をする。
大丈夫だ、俺は。
足元から視線を引き外してゆっくりと顔を上げた。

*終*
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