□あつがなつい
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【蛍】





蛍がふらふらときいろい線を引いていく。俺の視界の隅からすみへ。
それをあんたに示したくて横を向いた俺の頬を、あんたの大きな手が包み込んだ。
蛍のほの字を作っていた口元に、あんたの唇が覆いかぶさる。横からはむっと唇を挟んできた。すぐに舌がはいりこんできて、俺の舌にぐるりと絡まる。

「あ」

っという間に俺はあんたの腕の中に抱かれていた。
体重をかけてくるあんたに倒されてたまるかと、まるで回しをとるみたいにあんたの帯を掴み込む。
今、りん、と鳴いたのは秋の虫かな。まだ八月も中旬なのに。気の早い奴め。虫も、あんたも。
俺はまだ、夏の夜ってやつを満喫していたかったのにな。
夏よりも夜よりも、蛍のきいろい線よりも秋虫の音よりも先に、あんたの切羽詰まった顔がある。俺を見下ろして熱い息を漏らしている。
俺の心のベクトルが、今、性器が指す方向にかわる。

「仕方ねぇな」

俺は脱力し、縁側にまっすぐ横たわる。
俺に覆いかぶさってきたあんたが、首筋に唇を押し当てながら言う。

「抱かせろ」

俺はけらけら笑いながら言う。

「嫌だよ」

俺の着物をたくしあげ、太腿を掴み広げてくるあんたの腕をつねる。

「今日だけ」

「嫌でぃ」

「頼むから」

俺の目を覗き込むあんたの目が、あんまり幼気で、俺は思わず、頷いてしまう。

「総悟」

「ん、あ」

あんたがいつも上げる声を思い出し、真似てみる。
着物の襟が開かれ、あんたの顔が胸にうまる。
俺の名前を呼びながら俺の胸に吸い付くあんたは、まるで赤ん坊だ。だから母は、愛おしむみたいに、その頭を抱く。やわらかな髪が俺の肌をつっつく。

「好きだ」

「ん」

「そうご」

「ん……」

あんたになら、なにもかも許してしまいそうになる。俺を抱くことも。俺を殺すことも。愛すことも、愛さないことでさえ。

俺の目の隅を、ふらふらと蛍がいく。あのきいろい線を、あんたにも見せたかったのに。
あんたの目には、俺しかいない。





End(2019.8.17)
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