旅狐の物語
□二、旅へ
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銀狐が村に来て、数日が経過した。
村を見て回ったり、いろんな人の話を聞いたり等をして基本的に葉月と過ごしていたが、一向に何処から来たのかは思い出せないままでいる。
「………のう、葉月」
「どうした?」
そんなこの頃、少し暗い顔面持ちで銀狐は葉月に聞いた。
「私の記憶は、このままで戻るのじゃろうか………?」
普通記憶喪失の場合、案外すぐに記憶が戻るものだ。
その兆しが全くないのだから、銀狐が不安になるのも無理は無かった。
「………そうだな。
少し、村長に相談してみるか」
そうして、二人は村長の家に向かった………のだが。
「村長………あれ?居ないのか?」
「村長だったら、祀りの関係で神夜に行ったよ」
「え、本当ですか?」
「ああ、何でも、祀りに使う刀を取りに行くとか」
此処から神夜に行くとなると、半刻(約一時間)かかる。
距離的には行けないと言う事はないが、小夜村よりも山奥にある上に、道も整備されていないため、少々骨が折れる。
「どうするかな………」
「のう、葉月。
此処から神夜までどの位あるのじゃ?」
「半刻位だけど………行きたいかの?」
「うむ、先程の件を村長に聞きたいし、それに行けば何か思い出すかもしれぬ」
少し、葉月は考える。
銀狐の言うことは確かに一理あるが、果たして自分の独断で村から出して良いものか?
村長は村から出してよいとは一言も言っていない。
だけど、彼女の意志も尊重したい。
どうするか………
「行きたいか?」
「うむ」
「どうしても?」
「どうしても、じゃ」
「…………」
銀狐は真剣な眼差しで葉月をじっと見つめる。
その顔を見て、ふっと葉月が溜め息を吐いたかと思うと、今度は苦笑いを浮かべた。
「分かった、神夜へ行こう」
「本当か!?ありがとう主よ!
ならば早く行こう、早く!」
そう言いながら、銀狐は葉月の手を引っ張って催促する。
こんな彼女の子供らしい無邪気な反応を、葉月は微笑ましく感じながら、銀狐の手に引かれていった。