旅狐の物語

□三、天日
1ページ/5ページ



「………」


「…………」


「……………のう、葉月」


「どうした?」


「後どの位で目的地に着くのじゃ?」


旅に出て数日。
今日だけでも三刻(六時間程)歩いているが、未だ目的地に着かない。

小夜村から天日(あまひ)へは、かなり遠いとは聞いていたが、まさかここまでとは葉月も思わなかった。


「後もう少しだろ………多分」


「その言葉、昨日も聞いた気がするのじゃが………」


日照時間は延びていっているため近付いているのであろうが、平地に出ない。

未だに山の中だ。


「村長も天日までは遠いって言ってただろう?」


「それは、そうじゃが………」


あまりにも遠い。
それは葉月も同じ様に思っている。

しかし、文句を言っていても着く筈も無いのでひたすら歩かなければいけない。


「きっとあと少しだ。だから頑張ろう?」


「そうじゃのう………」


何時もはぴんと立っている銀狐の耳は垂れている。

元気の無い証拠だった。

何とか元気付けなければという使命感に駆られた葉月は、何か銀狐が元気になりそうなことは無いかと考える。


「………じゃあ、天日に着いたら何か買ったり食べたりしよう」


天日には店が多い。
呉服屋から飲食店まで、大体何でもある。
葉月は村長からそう聞いていた。


「ほら、何か銀狐が好きな食べ物でも………」


銀狐の耳がぴくりと動く。


「………稲荷寿司………」


「え?」


「稲荷寿司は、売っているかのう?」


「まあ、御食事処に行けばあるんじゃないか?」


そう聞いた途端に銀狐の耳はぴんと立ち、花が咲いたかのような笑顔を見せた。


「葉月、それならば稲荷寿司を食べにゆこう、絶対に!」


銀狐の目が非常に輝いている。

『絶対』を強調している所を見ると、相当稲荷寿司が好きなんだろう。
彼女がこんなにも稲荷寿司が好きなんだと、葉月は初めて知った。


「分かった、絶対だ」


「ふふ、楽しみじゃのう」


先程とは打って変わって楽しそうに歩く銀狐。

それにつられて葉月の顔が自然と綻ぶ。


「しかし、金等は持ってきておるのか?」


「それは、ほらこれ」


そう言って葉月は銀狐に銀華を見せた。
銀狐は頭に疑問符を浮かべる。


「綺麗な花じゃが………何じゃ?これは」


「銀華って言ってな、月夜地方にしか咲かないから天日で高く売れるって村長が持たせてくれたんだ」


実際、銀華はその美しさと希少さにより、他の地方でも非常に人気がある。


「しかし、その地方にしか咲かないのならば生ける事も出来ぬじゃろう?
商人達はどの用にして売っているのじゃ?」


「銀華はな、火にあてると硝子になるんだよ。
それを簪(かんざし)とかに加工して売ってるらしいぞ」


なので、自然とその材料となる花も売れば割りと高く売れるのだ。


「………何とも奇異な花じゃのう」


「まあ、それで食べていけるんだからいいだろ?」


「それもそうじゃな」


「………あ、銀狐。
ほら、見えてきたぞ」


僅かだが、青々とした草原が先に見える。

(天日まで、後もう少しだ――――)
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ