Dear Lover

□第四夜
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スバルくんと私とレイジさん。

状況が状況だけに異様な空気が漂う。
スバルくんの嫌そうな顔、
私の固まった表情とは別に、

レイジさんは涼しい顔で立っている。


扉を開けたまま部屋には入らず
私に目を合わせてもくれない。


「スバル、それを直すか置くかしなさい。
仮にも女性の下着を...
無礼にもほどがあります。」

「チッ。」

スバルくんは私の着替えの上にそれを放り捨てる。

スバルくんへの誤解と
私への誤解を無くすため
私は口を開いてみるけれど


「レイジさんスバルくんは...」
「........。」


レイジさんは目だけ動かし私を睨む。

鋭く冷たい視線に以前の彼の目と
全く違うものを感じた。

ーー嫌悪、軽蔑。
最早怒りさえ抱いてくれない。



「何か用かよ。」

「用も何も、
あなた方が煩くて起きてしまったのですよ。
こんな時間に騒いで...全く。
少しはわきまえなさい。」


ーーほら、私のためなんかじゃない。
私に会いに来てくれるわけないじゃない。


彼が現れた瞬間に抱いた期待を必死に押し殺す。


いつだってレイジさんは
面倒臭そうにしながらも
他の兄弟が騒いでいれば駆けつけていたんだ、
今回だってその一部でしかない。


それをすぐ隣で見ていたんだから

ーー勘違いなんかしない、しちゃいけない。



「...はあ、薬も効きすぎると厄介ですね。」


ーー薬?

困ったように頭を抱えるレイジさん。
でもスバルくんは冷静だ。
少し腹立たしそうに瞳に力が入り
真剣な表情でレイジさんを見つめる。


「薬の効果は切れてる。
ただこいつがどうして「スバル。」


レイジさんの凜とした声。
一瞬会話が途切れてできた沈黙は
固く張りつめた空気を作り出し、
それは私の居場所を更に無くす気がした。


ーー会話の内容が全く掴めないけど
私がまた口を挟めば
きっと冷たい視線がとんでくるだけだもん。
大人しくしてよう。



「...うっぜ。」


更に睨みを効かすスバルくんに
レイジさんは相変わらず涼しい顔のまま。

目線はスバルくんに向けたまま
私に手を向け口を開いた。


「楽しそうなところを邪魔してしまって悪いのですが、
彼女に一つ用事が出来ました。

そういうわけですからスバル、
席を外して頂けますか?」


笑顔とは裏腹に
有無を言わせないその言葉と圧力。
隣で見ているだけで寒気がする。
スバルくんは表情を変えることはないが
口を閉ざしてしまった。
スバルくんにも通用しているのかな。

気温というより
気圧が変わったようにも感じるそれに
私は一瞬身震いながら心を落ち着かせる。

が、やはり頭がついていかない。


ーー私に用事?
無いって言ってたのに...何...


不安で胸がいっぱいになる。
怒られる、きっと怒られる。
内容は何にせよ、
私はレイジさんを
怒らせることしかしてないんだから。



「......チッ、めんどうくせぇ。勝手にしろ。」


恐怖ではなかったのだろうけど
あの圧力にやられたのか
言葉と同時にスバルくんは消えてしまった。


残された私とレイジさん。

私もレイジさんもその場から動くことはなく、
ただ、スバルくんを見ていたその目を
ゆっくり私に向けて蔑むように見つめる。

冷たくて何を考えているのかわからない目。
ただ一つだけ言えるのは、
私にとっていい感情ではないということ。


「.........。」
「.........。」


重い沈黙を破ったのはレイジさんだった。


「しかし貴女も、
相当お遊びが好きなようですね。」


一息ついて首を小さく振ってから
レイジさんは部屋に入る。
扉を閉めゆっくりと部屋を歩き回るその歩は
緩やかで落ち着いている。
窓の前で立ち止まり
カーテンを開けて空を見上げた。


「...遊び...?」

「男を部屋に招き入れてまで...」

「それは違います!」

私は立ち上がりたかったけれど
体の痛みに負けて座ったまま声を荒げる。


ーーこんなところで変な誤解を招きたくない。
本当は今までだって
私自身にやましいことはなかったんだ。
ここでちゃんと....



「フン、どう違うと?」

「スバルくんは、私を気遣ってくれて...
体の...その、不調に気付いてくれて
手伝ってくれていただけです。」

「何の見返りも無しにですか。」


ーー見返り?
...確かに、確かにそうだ。
でもスバルくんは止めてくれた。


アヤトくんもカナトくんもライトくんも、
......シュウさんにまで血を吸われた私は
最初あの廊下でスバルくんに
見つかった時、その時点で、
本当は半ば諦めかけていた。


力で勝てるわけない相手に、
いくら拒否しても敵うわけがないって

それを助けてくれる人だって
もう...いないんだと失望しきっていた私に、

スバルくんは手を差し伸べてくれた。



それが、嬉しかったんだ。



「スバルくんは、違います!」


私がきっぱり言い放つと
レイジさんは顔を歪めて振り向いた。
異様なその目に圧倒されて
口をつぐんでしまうけれど目の力は抜かない。

1歩、1歩とレイジさんが近づく度に小さく仰け反っていく胴体。
植え付けられた恐怖が沸き上がってくるようだ。


「......。」
「...反抗的な目をする...。」


眼鏡を上げて一つため息をつく。
ほんの2m手前で彼は止まって方向転換し、
スバルくんが用意してくれていた着替えを掴んで
今度は足早に私の元に戻ってきた。


「来なさい。」

「いっ、痛い!」

手をつかまれて急に歩き出されるけれど
私は体の痛みに耐えきれず足をうまく動かせない。
もつれた足のせいでバランスを崩し
レイジさんの胸に倒れ込む。


「...ああ、忘れていましたね。」

クスッと笑って
レイジさんもまた私を横抱きにした。
自然なその動きと軽々と持ち上げる腕。
痛みと恥ずかしさと恐怖、
全てが入り交じって耐え難い苦しみに襲われる。
それから逃避するように目をつむる。


コーデリアがいた時、
湖で溺れたあの時以来だ。
ふと思いだすあの光景と今の状況を比べる。
自己嫌悪が止まらない。
どうして。
レイジさんに迷惑を。
私の身勝手な気持ちで。

目を開けるともうレイジさんは歩き始めていて
廊下は私達二人だけ。
レイジさんの革靴が床を蹴る音だけが響く。

その度小さく揺れる腕の中。
レイジさんの顔は手を伸ばすと
触れられるほど近くにある。

目にはうっすら隈ができて
少し前よりやつれているようにも見える。
起こしてしまったからなのか
薬の研究が山場を迎えているのか、
私の知らないレイジさんが
もうできてしまったことを知る。
全てを知りたいとずっとそばにいたのに
たった幾日かだけで...


ーー近い...。
こんなに近くにレイジさんがいる。
こんなに、

近いのに、


遠い。



「何ですかジロジロと。
不躾ですよ。」

機嫌の悪そうな声

「それに......」

私の体を見て更に不機嫌そうな表情になる。
私はその真意を勘ぐることもできず
ただ落ちないように、
遠慮がちに彼の首に腕を回していた。


    
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