裏切りは僕の名前を知っている

□裏切りは僕の名前を知っている 第一話
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裏切りは僕の名前を知っている
第一話『美しく残酷な夢の後』

 生まれた時にやるべきことが決められた生を解放してくれたのは、人間ともう一人は悪魔だった。
 もう一度繰り返すことになるならいっそ、殺された方がいいかと、一瞬考えたこともあった。けれどそれが間違いだと気付いたのは、すぐ後で……縛り付けられた運命を一度俺は終えた。
 苦しかった。苦しくて、苦しくて、それでも自分にも守れるからと戦って、最後には倒れたんだ。
『……ルカ…………』
『ここにいる。もう喋るな』
 血塗れの身体を抱き寄せて、傷ついた手を優しく握って、美しいと素直に形容できる顔を持つ男は悲しげに言った。
『お願い……があって。一人じゃ寂しいから……俺は』
『俺がいる』
『うん……ユキを……。俺はもう……傍にいて……あげられない、から』
 瞳から零れる涙を血で汚れた指が掬う。
『わかった。ユキを守ればいいんだな?』
『うん…………ありがとう。ルカ……来世もまた俺と一緒にいてくれる?』
『ああ。必ず……待っている』
 強く握り締めてくれた手を離さず、血の味がした口づけを忘れられない。

*****

「ル……カ……」
 目を覚まして思わず天井に伸ばしていた手を取った、大きな手。
「呼んだか?」
 ベッドに座って不器用に尋ねてきた声に、夢見が悪かったと伝える。
「……うん。ごめん……夢見てた」
「大丈夫か?」
 手は握ったまま、ルカの空いている手が頬に触れる。
 心配そうに窺う銀色の瞳、長い睫と高すぎず整った鼻も、風に揺れる癖一つない黒い髪。すべてが計算されて作られたと思わせるほど、ルカの美貌は完璧なものだ。
「平気」
「刀眞……先に行っている」
「また後で」
 刀眞の頭を撫でると、ルカは部屋を出て行った。
 ベッドから下りた刀眞は脱衣所へ向かいながら、パジャマのボタンをとっていく。
 上だけを脱いで、洗濯籠へ入れた後、備え付けの洗面台で手を洗い、歯を磨き、顔を洗って鏡を見つめた。
(変な顔……)
 不機嫌に見える顔を見て、刀眞はそんなことを思った。
 ルカには劣るものの、刀眞は自分の顔はそれなりにモテるほうだと自覚がある。学校で騒ぎ立てられることもあるし、十七年生きてきた中で何度も告白はされた。特に最近は成長期が終わる頃だからか、一日一回のペースで告白される。男女問わずだ。
 肩まで伸びた淡い小麦色の髪に癖はなく、毛先はきっちりと揃えられていた。体格も男として決して恵まれたものではないが、運動面では困らない程度に筋肉はついている。身長も百七十六センチで止まってしまったが、不自由はない。何より刀眞の容姿を際立たせているのは、瞳だ。
 今では慣れてしまったが、学校、街中で好奇の目に晒されて、騒がれることは今でもある。
 小さい頃は隠していた瞳だが、今はもう隠すのをやめた。
(元々が黒くても、あまり印象は変わらないんだろう)
 鏡を見つめ、刀眞は目を閉じた。
 ある出来事が原因で変質してしまった刀眞の瞳。
 普通の人間にはない紫紺の瞳は美しいアメジストを溶かし込んだ、上質な輝きを放つ、異質な瞳だ。
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