裏切りは僕の名前を知っている

□裏切りは僕の名前を知っている 第二話
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裏切りは僕の名前を知っている
第二話『手を伸ばせば近くにいるのに……』

 夕月が学校へ行くと、今朝のバス停前の件が話題になっていた。
 クラスメイトからいろいろと声をかけられて逃げても追われたが、外に出た夕月は鉢植えを持って歩く、クラスメイトの宇筑に話しかけた。
「宇筑くん、きれいな花だね。宇筑くんが育てたの?」
 そう言っても、宇筑は何も言わない。
 眼鏡をかけた少し根暗に見える男だが、夕月にとってはとても優しく、中学からの友達なのだ。
 ふと、夕月は宇筑の首筋に赤い虫刺されのようなものがあるのに気付いた。
「あれ…首のところ、赤くなってるよ。虫にでもさされ……」
 夕月が宇筑の首元に手を触れると、今朝の高校生に触れたように触れた相手の心の声が聞こえてきた。
『おまえなんか大嫌いだ。厄介者扱いのおれに優しく話しかけて、優越感にひたってんだろ? いつまでも友達ヅラしやがって、偽善者!!』
「…離せよっ!!」
 宇筑は夕月の手を払いのけて、走っていってしまった。
「おい、宇筑! なんだ、アレ。相変わらずカンジ悪ぃなー」
 クラスメイト達の話を耳にしながら、夕月は少し気分が悪くなっていた。
(宇筑くん感情に心が押し潰される)
「あの人、暗くてやだよね。何考えてるかわかんないし」
「家庭の事情が原因っぽいぜ。あいつの、あーいう性格。俺、同じ小学校だったんだけどさ、あいつの母親、育児ノイローゼってヤツだったらしくて、宇筑殺されかけたんだってよ」
「やだっ、実の母親なのに?」
「中学に上がる時に転校してってさ。親は離婚して父親と二人きりなんだよな。やっぱアレじゃん、片親だと性格に問題出るんじゃん」
「そうかも。私達とは違うんだよね」
 夕月はクラスメイトの話を聞きながら、だんだんと気分が悪くなっていき、地面に膝をついてしまった。
「桜井くん!? どうしたの? 大丈夫?」
(宇筑くん、ごめんね)
『おまえっ、おれの何を知っている!? さわるな…!!』
 傷つけたことがある。触れてしまったことで、見えてしまったから。
(やっぱりまだ許してもらえない。僕は宇筑くんと中学の頃のように仲良くしたい……)
 一方、鉢植えを持って温室へ入って行った宇筑は扉の前で座り込んでいた。
「ナンダ、オマエ。アノ人間ト友達ナンジャナイノカ?」
 濁った声が宇筑の内側から聞こえてくる。
 宇筑本人ではない、違う生き物の声だ。
「そんなワケないだろ…ッ。嫌いだよ、あんな奴。いつもヘラヘラ笑って…!!」
「目障りナンダッタラ、痛イ目ミセテヤレヨ。スカットスルゼ。オレ様ガ、手ヲ貸シテヤルヨ」


「…はい。今からむかいます。よろしくお願いします、奏多さん」
 その日の授業がすべて終わった後、夕月は学校近くの公衆電話で奏多に連絡を取り、今から行くことを伝えた。
(…まずはなるべく院に近くて、安いアパートをみつけて、それからバイトを増やして……気がかりはいろいろある。でも大丈夫、僕はまだ頑張れる)
 電話を切り、歩き出した夕月の目に、交差点の向こう側から宇筑が手招く姿が見えた。
「……ちょ、ちょっと待って…っ」
 夕月は点滅する信号を見て、急いで横断歩道を渡るが、途中で宇筑の姿が消えてしまった。
(えっ!? き、消え…)
 そう思った瞬間、突然横断歩道の真ん中で足が動かなくなる。
(な……! 足が動かない!! だ、誰か)
 信号は変わっており、警告音を鳴らして走ってくる車も急に停まりそうにはない。
(誰か……)
 人の悲鳴と車が迫る音で、夕月は覚悟したが、誰かが撥ねられる寸前で夕月の身体抱き上げて受身を取って助けた。
「大丈夫か?」
「あ……はい」
(なんだろう……すごく切ない……)
 心配そうな瞳で、ルカに見つめられた夕月は、ふと彼の手首から血が流れているのに気付く。
「あ、あの」
「うわっ…危ねぇ!!」
「あんたら、大丈夫か!?」
 怪我のことを言おうとしたが、目撃していた人達から声をかけられ、夕月は停まった車に視線を向けた。すると、こちらに歩いてきた一人の男が夕月の前に膝をつく。
「怪我はないな?」
「はい……あ、さっきの……あの、助けていただいて」
「礼はいい」
 夕月はルカに頭を下げるが、彼は素っ気なく礼などいらないと言った。
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