Book、Ss

□遺されたのは、結末。
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ヒュルルル――……パァン。
阿部の後ろ、花火が上がる。白い廉の肌に虹色の光が映り、消えた。次々に上がる大輪の花火が二人へ輝きを降り注ぐ。
「…そ、か。終わったのか…戦争」
「……………」
「…だからみんな浮かれてんのか。花火とか…。日本は、勝ったんだな」
「……そ、れは
「廉」



ヒュルルルーーー、パァン、パンパン、パン。



「…………」
ふいに抱きしめられて三橋は目を見張る。左耳にかかる阿部の息がこそばい。
「…俺はお国を守ったぞ。ちゃんと敵の飛行機墜として来たんだ。…すっげぇ、大変だった」
「…うん」
「―帰って来たぞ。全部命令聞いて、勝って、お前んとこ。…なんか疲れた。はは、そうか。戦争終わったのか…はは」
「………」

―阿部君。
ギュッと背中にまわした手を感じて阿部は何?と返事をしる。阿部の目は安心したのか眠そうで肩の力が抜けている。

「…何で泣いてんの廉」
「…クスン…」
「…廉は、俺の嫁さんだろ?な。…笑って、くれよ。廉…俺、やっと帰ってきたんだから。な?」
「……う、ん…クスン」
「………はは。」

瞼がだんだんと重くなる、なぜだろう。体がフワフワとして水中の中にいるみたいに感じる、何か。
何か、大事な事。忘れてねぇかな。そう思って過去の記憶を呼ぶが肝心なところが霧がかってるように思い出せない。阿部はしゃくりあげる廉を抱きしめた。

いいや。今は廉がいる。俺にはちゃんとした嫁がいるんだ。昔の事なんかどうでもいい。俺は一人じゃねぇんだ。立派な日本男子として役目を果たし立派に帰って来れたんだ。俺には廉がいる。俺には、廉っていう嫁さんがいんだ。
早く、家に帰って。廉とたわいねぇ話をしたい。これから、これから俺の人生は始まるんだ、勝ち取った平和の中で廉と、あぁでも




「……眠、いの?阿部君」
「わり…少し、寝かせて…」
「…………ん。」
出兵する前、夢にまで見た白無垢の女性。それが今、自分に嫁いでくれたんだ。…あ、男だけど。…へへ。悪い廉。
何かすげぇ眠いんだ。一眠りしたらお前と向き合うから。だから今だけ少し寝かせて。
重い瞼を閉じ阿部は暗い闇へ意識を投げる。パァアンと花火の音がして、阿部は三橋の体温に溺れた。

**********
「……………」
ヒュルルルーーーパァン。虹色に輝く光に三橋は空を見上げる。
いくつも夜空に咲いた華はやがて闇に散っていく。
「……………」
時代はずいぶん変わったと思う。三橋は、とある資料館のガラスケースの中でそれを見てきた。戦火を逃れたため、阿部と共に朽ちる事も出来ず今なお現に留まってしまったのだ。阿部の本当の体は、とうに太平洋に沈んでしまっていた。

「…………」
パァン。また花火が上がる。わぁ、キレイねぇ。誰かの声が下の方で聞こえた。

「…………」
三橋は阿部の背中を優しく撫でる。まだ幼さが残る、穏やかな寝顔だ。
「…………」

広くはない、背中だった。始まったばかりの人生を咲く事も出来ず、早くに散ってしまった、純粋な男だった。女性も、知らないままに。
「…………」



ヒュルルルーーーーパァン!!きゃあすごいねぇ!!遠くに聞こえる若者達の嬉しそうな声が夜空に響く。三橋は、眠った阿部を抱きしめた。
「…ぁ、べ君。あべく…あべくん…」




お帰り。お帰りなさい阿部君。帰って来てくれた今年も。迎え火代わりの花火を頼りに。俺のとこまで来てくれた。
お帰りなさい、お疲れ様。大変だったでしょう、怖かったでしょう痛かったでしょうあぁでも全部終わったんだ、阿部君。

三橋は阿部を抱きしめる。







「…………阿部、君。」
ヒュルルル。上がる歓声。散る光。この背中があったからこそ今花火は上がってるんだ。みんな笑いあってるんだ。この瞬間、みんなみんな阿部君が、守ってくれたものなんだ。あぁ

花火が、上がる。



ヒュルルルーーー。パァン。



「………き、れい…」






君が残した平和なここに一緒に朽ちる事も出来ずに僕はいる、それでも
君がそれを望んだのなら







遺されたのは、結末。

現に残された僕は平和を願うよ。人間がいなくなる最後まで僕は平和の遺産として残るよ、でも。
最後の時がきたら。君と一緒に結ばれようね。世界が終るその時まで。



きゃあきゃあはしゃぐ人の声の中、寝息をたてる阿部の肩に顔をうずめ、三橋は目を閉じた。
65年目の今年。君を失った夏が、もうすぐ終る。



****オワリ。
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