自分は多分一生結婚することもなければ、子供を産むこともないのだろうな、とコーネリア・リ・ブリタニアは思っていた。


男性が苦手だとか、生娘めいた夢想をいう訳ではなくて、人並みの幸せなど自分には許されないと彼女は考えていた。(いつかあの子が、そんな日を迎えることは想像していたけれど)





「それはいかず後家の言い訳じゃなくて?」

「…私を怒らせたいんですか、兄上」



そう静かに睨み据えた妹の視線に、シュナイゼル・エル・ブリタニアは肩を竦めて涼やかに笑う。


北国土産という紅茶を堪能している兄は小憎らしいほど絵になっていて、コーネリアはそっとため息をついた。


会議から帰ってきたばかりのシュナイゼルと入れ違いに、コーネリアはソファーに掛けていたコートに身を包み、出掛けの支度を整える。


「…カップやティーポットはご自分で洗って下さいね。私は出掛けます」

「家政婦くらい雇えばいいといっているのに」

「駄目です。貴方に人並みの生活力がつくまでは家政婦も使用人も雇わないと言ったでしょう?…晩御飯はオーブンにマカロニグラタンが入ってますから焼いて下さいね」



その後ろ姿はさながら小学生の子供を抱えてパートに出掛ける主婦だ。


オーブンは250度に設定して下さい、鍵はチェーンまで掛けること、と、何度も振り返りながら玄関のドアを閉めた妹が微笑ましくて、シュナイゼルはそっと唇に笑みを浮かべた。


こくり、と、極上の紅茶を一口。


彼の妹が作ったグラタンは、きっと海老の背腸も取れていないいびつな出来栄えだろうが、シュナイゼルは決して文句を言わない。


本を片手に海老やら茄子と格闘していた後ろ姿は、とても微笑ましく、好ましいものに思えたからだ。



「結婚はしない…ね」



だからといって独身の、それも三十代を迎えた兄妹が一緒に暮らすのは外聞が良くないだろう、と、シュナイゼルは思う。


それでなくともコーネリアはまだ若く、美しい。元皇女という血筋の高さに惹かれ、求婚の名乗りを挙げている権力者もいる程だ。


それらすべてを跳ね退けて、生活力のない兄の面倒を見ているコーネリアは、やはり人が好いというべきか詰めが甘いというべきか…シュナイゼルは苦笑した。


成り行きというべきか、戦後二人は一緒に暮らしている。


皇族としての地位は剥奪されたものの、シュナイゼルは外交手腕を活かして合衆国日本の調停役を、コーネリアは戦後処理やクーデターの抑止のために他国を渡り歩いていた。


合衆国には様々な国の代表が集まり、政策の指針を決めるシステムだが、現在の旧ブリタニア帝国代表はナナリー・ヴィ・ブリタニアが勤めている。


代表候補にはコーネリアやシュナイゼルの名前も挙がったが、彼らには反対派も多く、戦後の混乱した事態を速やかに収束させるためには、国民の人気が高い人物が自然と選ばれた。


悪逆皇帝と謗られた兄とは対象的に、見えず歩けずの悲劇の皇女としてプロバンスに登場した少女……十五歳のナナリーが便宜上は代表に選ばれたが、彼女の後ろには白の宰相と名高いシュナイゼルが付いている。


実際の政治はシュナイゼルが執っているが、ナナリーに否やはない。彼女自身、お飾りの代表となることを承知でその役に就任していたからだ。十五歳の少女は事もなげににっこりと微笑んで、



「お気になさらないで、お兄様、お姉様。代表ってどこの国でもそんなものですよ。オデュッセウス兄様のようなただ優しい、凡庸な方でもなれる代わりに、公正な人物が選ばれなくてはいけません。誰に政治を任せるか、私にはその決定権を与えられているんです。だからいつでも貴方がたを罷免することも出来ますよ」



そう愛らしく小首を傾げていた。その躊躇のない姿勢に(この子はルルーシュと違い、政治家というより為政者向きなのかもしれない)と、シュナイゼルは思った。


そのため、シュナイゼルもコーネリアも、本国よりも他国にいることが多く、ホテルや大使館に寝泊まりする日々が続いた。


家政婦やら使用人を手配する暇もなく、あるとき、なにかのきっかけでシュナイゼルの自宅に訪れたコーネリアはその光景に絶句した。


皇族だった頃は気づかなかったが、シュナイゼルは実をいうととんでもない無精だった。


副官のカノン・マルディーニもさすがに家政まで手が回らず、放っておいたら三日三晩なにも食事を摂らない、寝ない、同じ服を着続ける。…貴公子シュナイゼル・エル・ブリタニアはとんでもない生活を送っていた。


コーネリアが来訪してきたときも、冷蔵庫の中には皮を剥かないで食べれる果物と液状飲料水しか入っていなかった…。


せめて死なない程度に飲食させねば!と、次の日には兄妹の奇妙な共同生活が始まった。



その時のコーネリアの表情を思い出して、シュナイゼルはくっくっと喉で笑ってしまう。それと同時にそんな妹を、


(やはり人が良すぎる)


とも思った。


戦中の混乱とはいえ、シュナイゼルはコーネリアに銃弾を浴びせた。急所は外したものの、コーネリアの矜持を傷つけたことには間違いない。


それなのに自分と暮らす彼女はよほどの博愛家なのか(肉親が恋しいのか)……シュナイゼルはそう思っていた。


高潔の誉れ高い彼女がブリタニア帝国代表に選ばれなかった最大の理由…それは先の大戦で亡くなった妹の存在が大きい。



…あるとき、誰もいない静かなリビング。シュナイゼルは椅子に掛けて、テーブルの上に突っ伏していた。


そこに帰宅してきたコーネリアは、雑魚寝している兄に深い溜め息をついて…何故だか長く沈黙した。


そしていくばくか躊躇したあと、シュナイゼルのくせのある猫っ毛を指に絡めて、遊んでいた。


シュナイゼルは起きていたけれど、顔を上げることが出来なくて。


妹が誰を思い、その髪で遊んでいるのか、彼にはよく分かったからだ。(彼女にとって、あの子はまだ思い出話にはなっていないと、シュナイゼルはよく分かっていた)


コーネリアにとって、あの子は人生そのものであり、生きがいであり、あの子の幸福は彼女の幸福だった。


そういう生き方を、シュナイゼルは愚かしいとは思わない。理解も出来ないが。


…彼女ら姉妹と違い、シュナイゼルとコーネリアの間に通うのは、家族の情愛とは少し違っている。恋愛感情でもなく、友情か同情か、はたまた憐憫かもしれない腐れ縁のような関係が今でも続いている。


結婚も妊娠も諦めた彼女は、妹が得るべきだったという「幸せ」からいつも一歩下がった場所にいて、シュナイゼルはそれを否定も肯定もせず、後ろからただ見つめていた。






花園の骸に優しさは咲かない




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ブリタニア兄妹好きです^^

長くなりますが、どうかお付き合い下さいませ!



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