けいおん
□隣はダレ?
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一歩空間を空けてゆっくり歩く律の私より小さな後ろ姿を見れば何やら上機嫌に身体を揺らしてるのは気のせいではないはずだ。何をそんなに?と思う反面実を言うと私も嬉しいようで身体は軽く、前に進み自然と頬が緩むのを感じた。
「いやー。偶然に澪に会えるなんてねー」
そう言いながらいきなり振り向く律は暖かい満面の笑みを私に向けた。「どっか行くか?」と一歩後ろに居た私の腕を掴み強引に律の隣に引っ張り出された。いきなりのことに「うわっ」っと奇妙な声を出して態勢を崩した私を律はもう片方の手でしっかり受け止めた。強引なのに添える優しさというのか、こういうところにいつもズルいと思ってしまう。
「ばか律、危ないだろ」
「ハハは、ごめんごめん。澪しゃんー」
「ったく、もうー」
膨れ上がる頬を突かれた。「でもさ」…… 口角を上げて意地悪そうに笑う律がいきなり大人っぽい笑みを見せるもんだからぐっと胸に一瞬広がった苦いこの感覚に身体はビクッと反応した。
「澪の場所はここだろ?」
顔いっぱいに広がるこの熱量。今私の顔は林檎のように真っ赤に違いない。恥ずかしくて律から視線を反らせば「……澪」っと少し低い声が聞こえた。そんな声で呼ばないで、逃げ場がなくなるではないか。煩い心臓、素直な心臓。どうか静まって。そう願うも私の願いも叶わず、逆にどんどん速くなる鼓動にどうしようもなく泣きたくなった。
ここが道端なのだということも忘れて段々と近付く律の顔に私の双眸は至極簡単に閉ざされた。その瞬間ふと唇に感じた柔らかくて暖かい感触。そして押し当てるようにゆっくりその温もりが消え、私はゆっくり双眸を持ち上げた。
「澪…好き、」
あぁー。今日の律はめちゃくちゃかっこいい。いつも馬鹿やっては、はしゃぎ回る律は何処に行ったのやら。
「ばかー」
「顔真っ赤」
「う、煩い」
歯痒いとはこういうことだろう。こういうときに愛の言葉でも綴ってあげれば律も不安にならないんだろうなぁ、とか自分も律のように言いたいことを言えたらとか、そう思っていてもいざ目の前にしてみると私の口は石のように固まり言いたい言葉は喉の奥にしまい込んでしまうのだ。それをわかってくれる律が大好きでたまらない、けども申し訳なさも浮かび上がる。
「律、」
「ん?」
「好き、だよ」
語尾はもう微かに聞こえているか聞こえていないかぐらいの音量になってしまった。なんたって先程まで潤っていたはずの喉はこの短時間でカラカラになってしまっている。上手く出ない声に比例するように顔は地面を見た。恥ずかしすぎる。勇気を出して言ったものの、この後どうしていいかわからず仕舞い。あぁ、もう本当自分はダメだ。少しの合間の後頭上に聞こえたのは切羽詰まったような律の声だった。「澪…それ、反則だ」なんて言うもんだから俯いていた顔をゆっくり上げればこれまた真っ赤な顔をして手のこうで口元を押さえている律がいた。
「律、真っ赤」
「澪のせいだろー」
猿のように奮闘する姿を見れば…あ、いつもの律だ。してやったりと思って嬉しくなった。そんな律が好きで好きで堪らない。
「澪、大好き」
「私も」
「多分私のが好きだよ」
「違うよ、私のが好きだ」
こんな場所でこんな言い合い。なんて迷惑な話しだろうか。それでも私は嬉しくて、他人なんかより今この時が幸せならそれでいい。まだ私を見つめる暖かい眼差しと笑顔が私のものだけであるようにと繋がる手を小さく握り返した。
2010.6.11:隣はダレ?