けいおん

□笑ってくれたらそれでいい
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「もういいよ」

怒りやら呆れやら。眉間シワを寄せ、荒い口調で言い放ち、澪は音楽室から出ていた。

















きっかけは些細な事、だったかもしれない。実際、今こうして澪がこの音楽室にいなくても喧嘩の原因が思い出せないのだから、それはきっとそういうことだと思う。唯とムギと梓に小さく「ごめん」と返せば少し困ったように三人とも笑うもんだから何も言えなくなった。右手の拳がジンッとして痛い。カッとしてついつい机を殴ってしまった罰だ、こんなに感情的に怒ったのも初めてで情けない。
「馬鹿だなぁ」  ――本当に馬鹿。なんで直ぐに大事な人を泣かしてしまうんだろうか。

「りっちゃん」
「ん、わかってる」
「りっちゃん偉い」
「律先輩も強情ですね」
「うるせー」




















突発的に部屋を飛び出したは良いものの、私はその後の対処を全く考えていなかった。鞄も愛用のベースも全部置いてきてしまった。持ってるのはポケットに入っていた家の鍵と携帯。

(財布も鞄の中だ…)

とりあえずそうすることしか出来なかったわけで、ただ道沿いを歩いた。何が原因で喧嘩に発展したか、それはほんの些細なことから発展してしまったわけで、完璧に私が悪い。今日の朝いつも私と登校するはずなのに違う子と登校してしまったことから始まり、離れたクラスに今日は珍しく私から遊びに行って、見たものは律が仲良く友達と話している光景だったり、と今日は運が悪い。一人で勝手に嫉妬して勝手に怒って、勝手に無責任な事を律に言って怒らせて。悪循環が止まらなかった。机を殴る程律を怒らせて、どんな表情をして謝ればいいんだ。道沿いに走る車の音さえ、気に障る。ムカつく程の晴天にさえ悪態を付くほど私は参っているらしい。ふとポケットから感じる振動に気付きポケットから携帯を出してディスプレイを開けばそこに書いてある名前に心臓はざわついた。
――― 着信、田井中律。
電話に出て、謝ればいい。機会を与えてくれている。そるなのに震える指先がボタンを押すことは出来ずに再度ポケットの中に携帯を突っ込んだ。

(無理だ。今は無理……)

時計を見れば部活が終わるまで後一時間。とりあえず部活が終わった後に学校に寄ればいい。堪らず一息、溜息が零れて苦笑した。
















「………」

出ない。電話に、何回かけても。あれから一時間経過してもう部活が終わる時間だ。チラッと部屋にあるソファーを見れば澪の鞄が目に入る。鞄の中を探索させてもらったが、携帯が無かったから澪が持ってるの確定済みだ。だから出るはずなのだけど……

(まだ怒ってんのかなぁ…)

ベースも置きっぱなしだし隣で唯が心配そうな顔をしている。

「澪ちゃん大丈夫かな」
「大丈夫、なはず」

自信を持って言えない辺り相当私も精神的に参っているようだ。

「先帰っていいぞ」
「でもー」
「大丈夫、私がいるから」
「えぇーそんなこと」
「唯先輩」
「あずにゃん…」
「律先輩にも考えてることがあるんですよ」
「おいおい、なんかサラッと酷いこと言ってない?」
「そうね、梓ちゃんの言う通りよ。ね?唯ちゃん」
「ムギちゃん…うん、わかった」


気を遣ってくれたムギにも梓にも心配してくれる唯にも感謝した。本当良い友達を持ったと思う。ごめん、本当ごめんと三人が音楽室からいなくなるまで謝れば、三人とも頑張ってと後押しされた。時計を見ればもう6時だ。


「ったく夜一人で帰れないくせして」



本当澪も馬鹿だなぁ。

















やらかした。そう思った時は既に遅かった。携帯を見ればディスプレイに18:38という数字が印されている。そして私の目の前には真っ暗な学校。冬に近付くにつれ段々と日が沈むのも早くなっているわけで、この時間帯でももう真っ暗だ。どうしよう。でも行かなければ。でも……そう思っても足は動くことはない。優柔不断な悪い癖と過度の怖がりが出てしまった。


「行かなきゃ行かなきゃ」


――― そうだ、行かなきゃ


ふうーと深呼吸を二回して、目を見開いた。


「よし、行こう」
「何処に?」
「うわぁぁあ、」


肩を掴まれ後ろから聞こえた声に驚いた。咄嗟のことに尻餅をついて泣く始末。そこに居たのは先程喧嘩してしまった律だった。鞄を二つぶら下げて、背中にはベースカバー。多分私のベースが中に入っているはずだ。

「ごめんごめん。泣くなよ、本当に澪は泣き虫だなぁ」

アハハと笑う律に私は呆然とした。怒っているはずの律がなんら変わらずにそこに居たからだ。そうだ、謝らなければ。早く、私が悪いのに。そう思えば思うほど、涙はボロボロと流れ落ちる。まるで破壊されたダムのように、止まる術を知らないように、ただただ落ちる。

「澪」

律はしゃがみ込んで私に目線を合わせて、先程とは別に真面目な顔をして、罰が悪そうに一言言った。


――― ごめん。


なんで律が謝るの?私が悪いのに。なんで……?


「ち、違うの、私がわ、るいから」
「澪」
「ご…めん、本当にご、めんね」
「泣くなよ、澪」


困らせるのも怒らせるのもいつも自分で、その度優越感半分、罪悪感半分で、でも自分次第で澪の感情を揺さ振れることにどうしようもなく嬉しくて、でもやっぱり……
澪の笑顔が一番好きだ。
ギュッと手を握った。そして満面の笑みで笑いかける。

「みーぉ、もう怒ってないから」
「…本当?」
「本当、だからさ」


―― 笑ってよ?


握り締めた手をゆっくり引けばその力でもこちらに傾く澪の身体。その身体を包み込んで澪を抱きしめた。


「っりつ」
「ん?」
「りつ、りつ、」
「―…うん」


その腕に居た澪を解放してあげれば笑みを浮かべて泣きじゃくる澪がいた。あーぁ、本当ぐちゃぐちゃ。可愛い顔が台なし。そんな澪も可愛いって思ってしまうのだから心底私はこの子に惚れてると思う。




「澪好きだ」





ほら、笑った。






 2010.0618:笑ってくれればそれでいい









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