けいおん

□エゴイスト
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黒い絵の具を足して、全て消えたならなんて楽だろうか。机の角をトントンとひそさし指で叩きながらうっすらと愛しい人の顔を潰していく。それなのに鮮明に浮かびあがるその人にただ眉を寄せた。確かに存在する不安定なそれに、私は振り回されっぱなしで悔しくてたまらなかった。ふと、窓の外に一瞬何かが遮った。それが目の隅に止め、横を見る、がそこはただ雲一つない空ばかり存在していた。太陽が垂直にあるのだろう、もうお昼かな?そんな疑問を不意に考えて時計を見れば大当り。あと十五分で四限の終了を告げるチャイムが鳴る。多分憂も純も心配しているだろうな。あの心優しい二人を思い出し苦笑した。なんせ私がサボるなんて始めてだし、二人に何も告げずに此処にきたわけで、少し罪悪感が生まれた。静かだ。それでいて哀しくなった。そんな静さにそぐわない戸が開く音に肩が跳ね上がり、空に向けていた視線を真っ先にそちらの方に向けた。


「あ、ずさ?」

いきなり開いたドアから顔を覗かせたのはこの場に来ることがない先輩だった。そして今もっとも会いたくない先輩だ。

「律、先輩」
「どうしたんだ?梓もサボり?」

も、と付け加えたところで、先輩もサボりだと核心した。ま、律先輩がサボるなんてなんら珍しいことでもないのだけど

「なんだその顔?今失礼なこと思っただろ?」
「あら、わかりました?」

うっわ、素直だな。なんて笑いながら私の隣に腰を降ろした。

「なんで隣なんですか?」
「へ?なんとなく?」
「私に聞かないで下さいよ」

鞄を開き、中から出したのは黒いお弁当箱。それを机に置いて結びめをとく。それん怪訝そうに見つめていれば頭にポンッと手を置かれて撫でられた。

「梓、今弁当ある?」
「ありますけど」

今日一緒に食べようか?そんな些細なことに私は嬉しくなった。学校では、部活の時間帯以外先輩達と接する時間など皆無だ。ましてお昼を共にするなど始めてのこと。私は急いで鞄からお弁当箱を出して結びめをといた。

「うっわー、梓の弁当豪華」
「そうですか?でも先輩のも豪華じゃないですか」
「まあな、今日は澪が作ってくれたからさ」

先輩の一言は容易に私の動きを止めさせた。ヒュッと息を吸い込んで落ち着かせる。馬鹿だな、私。こんなことで喜んで。自嘲とはこおいうことなんだ。律先輩の口から澪先輩の名前が出るなんて当たり前で、律先輩の中に深く根を張る澪先輩の存在も当たり前で、それはわかりきったことで。でもいざこう思い知らされると私の心は破裂したように切ない気持ちで一杯だ。

小さく笑った横顔が、煙りに溶けて消えた

泣きたい程、焦がれているのに

叫びたい程、愛しているのに

気付いた時には遅かった。



気付けば一直線に私の手の後に落ちた温かな雫は、私の両目から零れ落ちていた。やらかした。抑えていたのに、我慢してたのに。台なしじゃないか。隣から慌てる先輩を余所に全く止まらない涙に私自身も困惑していた。あ、あずさ、どうした?、どっか痛いのか?、私、なんかしたか?。次々にかけられる優しい言葉。した、しましたよ。もう本当に。全部律先輩のせいですよ。そんなのただの私のエゴ。実際、私が悪いんだ。好きになってはいけなかったのに。例えば、私には私に見合ったBGMが流れて、律先輩には律先輩に見合ったBGMが流れていて。それが合わさらないか合わさるか。そんな簡単で難しいそれが今は律先輩と澪先輩が重なりあってるだけ。私は逸れた音なんだ。


「り、つ…せんぱ」
「梓、泣かないで」
「り、つせんぱい」


好き、好きです。どうしようもなく。その全てが愛しいです。あなたはどうですか?







20100702







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