けいおん

□声にするのが怖かった
1ページ/1ページ







どんな人でも分け隔てなく
接するのが私の自慢の一つ
でもあった。      








言葉にしてしまうのが
怖かった      












私の思考は全くといってい
い程進んでいないのに授業
はスラスラと先に進む。先
生の声は耳に入ってくるも
のの右から左へ流していた
。肘を付きながらただじっ
と黒板の文字を凝視してい
るが実際意識は全て違う場
所に存在している。   


必要最低限以上に人に干渉
はしない、けど程よい仲を
保つようにしている。そう
すれば自分も相手も傷付か
ないから。そういう教訓を
学びそれを現在進行形で使
わせてもらっている。だけ
どなぜだろうか?彼女、 
――秋山澪という人間の前
では私は少なくても億劫に
なっている。どんな人でも
直ぐに打ち解け仲良くして
いた私には初めての経験で
正直どうしていいかわから
なかった。それが表に出て
しまった昨日の音楽室での
出来事。澪と呼び掛けて止
めたのがきっかけで不自然
に苗字を区切ってしまい、
それに動揺して顔をしかめ
てしまった。相手もその違
和感に気付いたはずだ。彼
女は勘が良い。そんな気が
する。たったそれだけだと
いうのに、名前で呼ぶ行為
など数えられない程してき
た。それなのに"澪"という
名前には何故か触れられな
い何かがあったのだ。強い
て言うならば清らかで、純
白で私が発してしまったら
汚れてしまうような気さえ
してしまう程、綺麗な言葉
。"澪"というたった二文字
の短い言葉を舌で転がして
打ち消した。そうだ、彼女
だからこそ呼べなかったの
だと。         


チャイム音が響き渡る。そ
れに発として意識は黒板へ
。あー、後で唯にでも写さ
せてもらおうかと一番前に
座る唯を見れば今だにぐっ
すりと夢の中へ放浪中の彼
女の姿があった。うん、唯
に頼もうとした私が馬鹿だ
った。心中そう納得して斜
め後ろを見れば私の中で深
く問題化する彼女が真面目
にノートを写す姿があった
。彼女は毎日生真面目にノ
ートを書いている。授業中
なんて寝たことないんでは
ないかというぐらい熱心で
正直凄いと思う。私は椅子
から立ち上がり駆け足で彼
女が座る席の前に移動して
しゃがみ込み目線を合わせ
た。          


「ごめん、お願い!!見してくれ」


この通り。お願いします。
顔の前で手を合わせて頼み
込む姿勢を取れば彼女は困
ったように優しく微笑んだ


「しかたないな、はい。」
「まじ!?本当に助かる。ありがと」

出されたノートを開けば綺
麗な文字がズラッと書かれ
ていた。おお、流石と言っ
ても言い程綺麗で、私の過
去のノートと比べれば雲泥
の差だった。あははは、凄
い悲しいな。なんでだろ?
あははは。今度から綺麗に
書くように努力しようかな
。なんて思いながらノート
から彼女に再度視線を向け
れば、何故か困ったような
恥ずかしいようなそんな曖
昧な表情を浮かべていた。

「ど、どうした?」

中々口を開かない彼女にど
ぎまぎしていた。やっぱり
図々しかったのだろうか?
謝ろうとすれば意を決した
ように目をギュッと閉じて
彼女は小さく呟いた。  


「田井中さんは…私のこと嫌いなのか?」





時を止めたのは秋山さんで
す。凄い人だ。時も止めて
しまうんなんて。それ程彼
女の言葉に莫大的で、私は
というとフリーズ状態。し
かし、目の前の彼女は今に
も泣きそうに顔を歪めてい
るもんだから慌てて否定し
た。          

「そんなわけないだろ!!」

少し怒鳴り口調になってし
まった事を後悔した。ビク
ッと肩が撥ね、俯いてしま
った彼女に私はというと先
ほどよりも焦る始末。  

「ごめん、ごめん。違うんだよ。
秋山さんのこと嫌いなはずないよ。」             
「それ、」
「へ?」
「その"秋山さん"って―…」

ああ、そうか。彼女はやっ
ぱ昨日の違和感を感じとっ
ていたんだ。彼女が言わん
としている事が今の私には
直ぐに分かってしまった。
なんたって私も同じことを
考えていたのだから。多分
彼女が最初私を「田井中さ
ん」と呼ぶのは至極当然な
ことなのだろう。唯に聞い
たが彼女は人見知りで怖が
りらしい、あの唯の性格で
も慣れるのに幾分か掛かっ
たぐらいなのだから本当な
んだと思う。私はというと
直ぐに名前で呼んでしまう
癖もある、キーボード担当
のおっとり彼女だって昨日
のうちに"ムギ"と名前で呼
んでいた。だからだろう、
尚更不自然だ。今になって
私が酷い事をしているのが
わかった。       

「私は、―…こんな性格だし、
接しにくいと、っ思う ―― けど…」             

たどたどで必死に言葉を繋
ぎ合わせていく彼女に私は
凄く切なくなった。それと
同時に込み上げてきたのは
罪悪感。今彼女は彼女なり
に私に伝えようと頑張って
いるというのに…気付けば
あんなに言葉に出来なかっ
た二文字が流れるように出
た。          


「澪」


口にして改めてて思う。綺
麗だと。彼女に合う綺麗な
名前だと。自分でもわかる
程優しい声が出て正直驚い
ている。汚れてしまわない
だろうか、とかそんな戯れ
事思っていた私を叱り付け
たいぐらいだった。だって
  ―――… 「澪、」その
二文字を呟けば目の前の彼
女があまりにも嬉しそうに
笑うもんだからそんなこと
考えていた私は本当にただ
の臆病者なんだ。    














20100705












[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ