けいおん

□律誕生日企画
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―― カチッ、     
    カチッ、カチッ 



一定のスピードで動く秒針
を見つめて微笑み、直ぐに
隣を見れば苦笑を浮かべる
律と目が合った。――… 
なんだその顔は?もうすぐ
なのに……。本人が喜ばず
に誰が喜ぶんだよ。そう不
服そうに告げれば指を指し
「澪、」とにこりと笑い呟
いた。         

「当たり前だろ」    

照れ臭いのか恥ずかしいの
か、まぁ…どちらともなの
だろうか。澪は顔を真っ赤
にするも嬉々にはしゃぐ。
律は「大袈裟なんだよ澪は
…」とまた苦笑した。――
― 嬉しい。そりゃ自分の
ことのように笑顔ではしゃ
ぐ澪を見ればそれだけで足
りてしまう程に。結局は澪
に言えないほどに自分も照
れ臭くて、恥ずかしいのだ
。           


カチッ、カチッ、    


律は時計を一瞥する。――
 もうすぐだ。そういえば
澪と誕生日を祝うようにな
ったのは何時からだろうか
。淡い記憶を辿るも、曖昧
にしか残らない。――小さ
くて小さくて、出会った頃
。澪は昔から内気な子だっ
た。そういえば最初に話し
掛けたのも付いて回ったの
も私からで、「なんで私な
んかと居てくれるの?」な
んて言われたこともあった
っけ。居たいから居るんだ
よ。澪。昔も今も、これか
らもずっと。      


―― これも恒例だな。 

中学一年生の時の誕生日前
日、といっても12時にな
る本当ギリギリにいきなり
家におしかけて来てから毎
年のように続く恒例行事。
―― 「私が一番におめで
とって言いたいんだ」いつ
になく強気で言った澪の姿
が思い浮かんだ。しかも愛
しい人を見るような優しい
瞳で、それが私に向けられ
ていて、歯痒いというかこ
そばゆいというか。ただ純
粋に、―― 可愛くて、愛
しくて。        


  ―― カチッ、カチッ


定期的なリズム感は今だに
まだ響く。秒針だけでなく
長針、短針が頂点で交わり
澪は花が咲いたように微笑
んだ。         


「律、お誕生日おめでと」


笑顔でそう呟くのも、それ
に「ありがと」と私が照れ
るのも、ケーキを一緒に食
べるのも全部全部毎年続く
恒例行事。       


――― 「ありがと」  

絡めた指先から伝う温もり
は優しく、黒い瞳は吸い込
まれそうになるほど深くて
澄んでいて。何もしなくて
いい、呼吸さえ出来て、目
の前の澪を感じられれば。
言ってしまえば呼吸さえ忘
れてしまうほどにこの一時
に酔っているのだけど。私
は満悦にへらりと笑って、
澪の華奢な肩を優しく抱き
しめた。        









***






―― ピピピ、耳を直接刺
激する電子音はすんなり脳
への侵入を許し、けたたま
しいその音に身じろぐも意
識は浮上していく。それに
反して瞼は開いてはくれな
い。いつもより重たい瞼と
、はっきりしない脳にまだ
鳴り響く電子音を止めるた
めに手を伸ばし、一つのボ
タンを押して布団を頭まで
被った。 ――夜更かしし
たからか、まだ眠いんだ。
寝かしてくれ。直ぐにまた
意識は淡くなり、遠退くよ
うな気がして、その気持ち
がよいほどの睡魔が私を襲
い、ああもうすぐだと、感
じた瞬間にまたもけたたま
しい電子音が刺激した。 


「あああぁー、もうッ。」


起きるよ、起きればいいん
だろ。重たい瞼も上半身も
上げて、寝癖でピョンピョ
ン跳ねた自身の髪をガシガ
シと無造作に掻きむしった
。陽の光は、まだ明るさに
なれない瞳を刺激し、その
眩しさに若干目を細め、そ
の場を動くことなく一点を
ただ見詰めた。―― あ、
そうか。誕生日か。隣に目
を向ければスヤスヤと気持
ち良さそうに寝息を立てる
澪がいて、(彼女が私より
起きるのが遅いなんて…)
と珍しいこともあるんだと
、清涼かつ整った白い肌に
指先を伸ばし、ゆっくり触
れた。そのまま滑らすよう
に薄く開くぷっくりした赤
い唇をなぞり徐にに顔を近
付けた。触れるだけのそれ
にでも、―― あ、睫毛が
長い、…とか、肌綺麗だな
、…とか。思うわけで、鼻
すれすれで我が物のように
見つめていると長い睫毛が
揺れ、瞼が持ち上がると黒
い瞳と相対して、固まるこ
と一秒、……澪は驚愕した
ように寝ぼけた目を見開き
勢いよく身を引いた。  


「りりり、りつ…」   


口をぱくぱくさせ吃りなが
らも―― なんで、と呟く
澪の顔は万遍なく真っ赤に
変わりそれを私はけたけた
と笑いながらも迫るように
寄り付ける。      
「おはよ、澪」     
「律ッ。近い……近いって
」           
顔の前で慌ただしく手を振
る。しかしながら、自分が
欲しい返答が今だに返って
は来ずに、意地悪く密着さ
せた身体のまま耳元で呟い
た。          
「澪、おはよ…は?」  
ニヤニヤとからかうような
口調は、澪を虐めたくしか
たないといった何時もの調
子で、それに今だに慣れる
ことも出来ずにいる澪の反
応はやっぱり律からしたら
予想通りの反応で正直一生
飽きることはないと思う。
涙目になりつつ、促した言
葉に順応よく「お、おはよ
」と答えたまではいいが、
首を傾げ「りつぅ」と首に
腕が回ってきたことには流
石に驚いた。というか……


――― かかか、可愛い…

硬直する身体、石化したよ
うに動けなくなって息が詰
まった。おおぉぉー、どう
したらいい?取り合えず…
、とロボットのような動き
で腕を背中に回した。朝か
ら心臓に悪い。この状態に
内心ガッツポーズし歓喜し
た。すれば胸の中にいる澪
がたどたどしく言うのであ
る。          

「律、学校…」     

思わずへ?と声に出してし
まった。今この状態でそう
いう言葉が出るのか普通。
一気に現実に戻った私は時
計を見遣って声にならない
叫び声を上げた。    
「や、やばい」     
慌てる声とは裏腹に、抱き
しめる腕はそのままで、な
んの動きも見せようとはし
ない私を澪は呆れたように
息を吐いた。      








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