けいおん

□噛み付かれたライオン
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何がそうさせているのか。掴もう
とした手は空中をさ迷い、掴めな
いものを無理して掴もうとした。
掴んだ私は生まれたてのライオン
のようで、人の温もりなしでは生
きていけない。        


「それはただ人肌が恋しいだけか
?」             


律先輩は淡々と私に問う。それを
私は黙視した。外の空気はとても
冷たくて、逃げ場を無くした檻の
中にいるようだった。私と律先輩
の間に何があるとすれば先輩と後
輩、ただそれだけなのだろう。そ
れでも私は求めた。他でない律先
輩を。それを伝える術が見付から
ずに空を仰ぐばかり、それでも一
向に律先輩が私から視線を反らさ
ないのは彼女が強いからだ。  


茜色に変わる空。       
暖かい色なのに何故こんなにも侘
しいのか、その理由がわからなか
った。            

わからない、…わからないのだ。
自分の心中も思案も…     


私は何も言わずに腕を上げた。指
先に力は入らず垂れ下がるだけの
それに律先輩は迷わずに掴んだ。
それが意外で思わず俯いていた顔
を上げれば眼前にあるのは先程の
寒色の瞳ではなかった。    




「私はそれでも良いよ」    




堪らずに強がりのライオンは一粒
の涙を流した。        








***




「好き」という感情とはまた異な
った異質な感情だと知った時の私
は戸惑うばかりで、そうだという
のに日に日に強くなるそれに私は
畏怖の念に襲われていた。   



身勝手な独占力        
執着や愛着でなく       
それは正しく狂喜       


自分の手の届く範疇で転がし、目
茶苦茶にしたかった。私が死神に
なったように梓の心を刈り取りた
かった。           


「強いですね、律先輩は」   


何かに堪えるように搾り出した声
は奮え、握る私の手を握り返した
。そして私は正常に戻る。その腕
をゆっくり引いて縋るように抱き
しめたというのに、梓は逆に縋る
ように涙を流す。何を差し引いて
も私は梓を護りたいとそう思った
のに傷付けようとしたのは紛れも
無く私だった。        

「梓、あのな…」       

嗚咽を漏らす梓の顔を両手で挟み
目線を合わせた。逃げないでくれ
よ、私も逃げないから。恐れない
でくれよ、私も自分に素直になる
から。            


「梓が欲しいんだ、」     


情けなく唇が震えて自嘲する。慾
は尽きることなく梓を蝕むに違い
ない。虫歯のように転移し、じわ
じわと穴を広げていくように。私
は理性でそれを抑え修復出来るだ
ろうか。           


今日の風はなんて冷たいのだろう
か。身動きさえ出来ずに足が固ま
ってしまう。         


「自分で見付けられるか?」  
「……律、先輩」       


答えを導き出せ。これは数学のよ
うに公式はない、国語のように感
じ取り、直感的に見出す。たった
それだけだ。         










***




寄り添うかのように歩めればいい
と、ただ安易に思う反面に彼女と
一心同体になれたらとそう強く思
った。            


例えば、胸にぽっかり大きな穴が
空いてたとしても誰も困ることは
ないけれど、唯一、律先輩は困る
のだろうと漠然に感じた。   

―― 「梓が欲しい」     

私はその言葉の意味をそう直感的
に説いた。まるで私の心ごと全て
欲しい、とそう思わせるほどに。
だから、自然に口から出た言葉は
すんなり自分の耳に馴染み、――
 ああ、自分の声なんだと、良く
も悪くも簡素な導きをしてしまっ
た。             


「全部あげます…」      


この身体も心も、全てを……  
律先輩が思うままに。     

そうしたいと思えた人が今目の前
で私が欲しい、そう言ってくれた
ことに満たされ幸福を感じている
のだからこの直感的な返答に間違
いはなくて、またポロポロとスポ
イトで水を垂らすように出た涙が
地面を濡らした。       


彼女は言う          
「傷付けるかもしれないんだぞ」
と              

彼女は自嘲する        
「私のものでもいいのかと」  
と              



私は勘違いをしていたようで、決
して彼女は強くなかった。隅っこ
で膝を抱えて怯えているのだ。何
時でも、何処でも、私を見て。そ
れだと言うのに最後の最後に勇気
を振り絞ってくれた。     



「私をすきにして下さい…」  


その代わり私も好きにしていいで
すか?            




これを愛と言わずに何と言うのだ
ろうか。それはまさしく純白なシ
ーツのような柔らかい愛だ。  



「ああ、すきにしてくれ」   



噛み付くようなキスに答えるよう
に私は律先輩の袖をギュッと握り
瞼を閉じた。         















20100902

















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