わんぴーす

□甘い指先は私を撫でる
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ご指名は?と聞かれて私は俯き加減であの人の名前を伝えた。待合室でたいしてちゃんと見ない備え付けの雑誌をパラパラとめくり駒送りにする。退屈凌ぎの雑誌が今の私には気を紛らわす行為でしかなくて、そうすればすぐに視界の端に見慣れた靴が映り、たどたどしく顔を上げた。

「あら、珍しいわね」

ニッコリと笑う彼女に恥ずかしくなってついつい素っ気なく「悪い?」なんて返してしまう当たり私は相当可愛くない。そんなことも気にすることなく笑みを絶やさずに「今日はいかがなさいますか?」と私に視線を合わせてしゃがみ込んだ。なんとなくいつもと雰囲気が違うものだから少しの緊張を覚えた。
「カット、してください」
かしこまりました、そう呟いた彼女は立ち上がり私に手を差し延べた。早く立てとのことだろうか?こんな場所までエスコートを忘れない当たり本当に彼女らしい。これが私だけとなればこんな嬉しいことはない。大きな鏡の前に座らされて、鏡越しに見つめ合う。鏡越し、っていうのが無性にこそばゆくて、私は壁に飾られている向日葵や紫陽花の写真に目線を走らせた。

「あ、ひまわりの色で」


ふざけて言ったことなのに、鏡越しに見えた彼女の表情は少し曇った。「駄目よ」そう言って困ったように笑った。というか元々カットだけで注文しているのだからカラーなんてするはずもないのだけど。
「冗談、冗談。カラーなんて頼んでないもーん」
「違うわ」
間髪入れずにそう呟いた彼女はその綺麗で長い指で私の襟足を摘んでり、手でとかしたり。彼女に触られているということが鏡越しでも感触でもじんわり伝わって一気に心拍数は最大。


「あなたの髪綺麗なんだから、カラーなんてしちゃ駄目よ」


この太陽みたいなオレンジの髪、好きだわ。なんの恥じらいも戸惑いもなくよくそんなことを言えるものだ。思いもしない言葉に私は俯いて赤い顔を隠すので必死。「さらさらねー」今だに触れる場所から熱が篭るようなそんな感じに恥ずかしさがジワジワと内から外に流れ込んだ。

「私が好きなの、だからこのままでいて?」

小首を傾げて微笑む彼女。そんな可愛いことされたらカットするのさえ後ろめたくなる。
「わ、」
「?」
わかった、そう俯き加減で呟いた私は相当顔が真っ赤に違いない。あぁ、もう本当なんなんだ。これも無意識なのか。所謂、天然?


「ナミ、可愛い」


天然なのだとしたら本当に達が悪いではないか。この心臓の速さどうしてくれるのよ。バーカ。
「ロビン、」
「ん?」
「今日うち来て?」
「はいはい」
そのつもりよ、またも不意打ち。私は一生彼女には勝てないんだと心から感じた。







甘い指先は私を撫でた










20100729









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