わんぴーす

□月
1ページ/1ページ






考えることを止めたら、それはき
っと死んでいることと同等だろう
か。少なからず、そう思う。だか
ら容易に無感情になんてなれない
。―――… 渦巻く暗褐色、果て
ない青空、そのどちらもが欠けて
は、滅びるだけの物体で在ること
には変わりはない。此処から見え
る景色も、空も海も、世界さえも
私の眼には酷く窮屈に思えてしか
たなかった。ただ、見えない物を
探し続け、切望を繰り返すだけだ
。望んだ先には過酷を極める、計
り知れない地獄があるのとわかっ
ているのに。         

「ならば一掃消えてしまえたら…」

棄ててしまいたかった。それが出
来るならどんなに楽なんだろうか
。それが出来るなら……    
私は棄てられない、それが全てだ
から。それが根源で、今までの軌
跡で、大切な者達の意思で、まさ
しくそれは私の夢だから    

私の命には価値はない。    

私が死ぬことに価値がある。  

自分の声ではないような囁く声に
吐き気がする。言い換えようのな
い焦燥は自分にとって堪え難く、
粉々としたかけらさえも集められ
ないというのに。遠巻きから眺め
ていれば、自分でさえ他人事のよ
うに思えてしまう。そのぐらい此
処は私が知らない世界だというこ
と。それは怖いぐらいに侵食する
波のようだった。       

「お前、なにが目的だ」    

驚くこともなく振り返るその先は
険しい顔の剣士さん。その獰猛な
目付きは私の瞳を視界に入れたこ
とにより一層濃くなる。実に的を
得た質問だと思う。思い出すのは
昼間の航海士さんの顔。きっと彼
女の本意はそれを尋ねることだっ
たのだろう。         

「気配を消すなんて物騒ね」  
「はっ、顔色を変えないお前に言
われたくないな。気付いてたのか
?」             
「それが本職なのよ、困ったこと
にね」            

微笑む、それは見事に月に魅入ら
れたように。ゾロの眉が攣る。 

「居場所」          
「…」            
「そうね、居場所がないからかし
ら」             

そんな場所なんてないことを知っ
ていた。この世界には居場所が存
在しないことも。ただ、さ迷い続
ける愚かな人間なのだ。    

「そうか…」         
「今ので納得したとは思えないわ」

「顔を見れば嘘を付いてるか付い
ていないかなんてすぐわかる」 
「……」           

綺麗事で済むなら、どれだけ楽か
。そんな言葉で終わらせてしまう
程の楽なものではないと言うのに
。スッと先程から放たれていた殺
気が無くなり、主を返し男部屋が
ある方に消えっていった。   






ゆっくり息を吐く。      


「今日は満月ね」       




白いデッキチェアーに座った。女
部屋から拝借した赤ワインを持ち
テーブルに置いてあるワイングラ
スをゆっくり注いぎ、ワイングラ
スの足を持って上に掲げる。ちょ
うど満月と重なるようにその場所
にワイングラスを持っていけば光
に照らされる。その輝く赤に目を
奪われた私は微笑んだ。ここは窮
屈ね。とても。今までいたカゴの
中のどれよりも。馬鹿な人。そう
やって私も護るつもりなのかしら
理由を聞き出したところで私がそ
れを言わないことなどわかってい
るのに。まあ、半分は正解。事実
は虚実を成り立つための道具に過
ぎないのをあなたは知っているか
しら?私の基準とはズレている。




「あ、ロビン居た」      

可愛らしい声が私の聴覚を震わし
た。まだ眠たそうなその姿にまた
微笑む。此処の人達は過保護ね。

「航海士さん、どーしたの?」 
「ソファー見たら、ロビンの姿な
いから心配しちゃった」    

やはり基準がズレている。私とあ
なたでは、むしろ私とここにいる
皆とは。なぜ優しいのだろう?な
ぜ私なんかを心配するのだろう。
あの剣士さんといい、あなたとい
い。             

「ロビン?」         
「あぁ、ごめんなさい。心配して
くれてありがと」       
「…うん。――…ねぇ、」   
「なに?」          
「――…何考えてたの?」   

一瞬息が詰まる。咽に何かが引っ
掛かった。本当に彼女は鋭い。 

「余計なこと考えてるなら、棄て
ちゃいなよ」         


思いもよらない言葉は私を翻弄し
困惑させた。一気に体内を駆け巡
ったその感情を言い表すなら、…
もどかしい。歯痒い……。   


呆気にとられるとはそういうこと
だと思う。不条理な言葉は聞きた
くない、でもそんなんではないこ
とぐらい私にはわかる。純粋さ、
それが感じられた。      




でも、ごめんなさい      




「出来るならそうしたいわね」 



――…ロビン、

名前を呼ばないで。似てるわ、こ
この人達は。世界は私をそんな声
で呼ばない。         




「私は悪魔の子よ。それだけはわ
かっておいて」        






一気に崩れることは叶わない。ご
めんなさい、ごめんなさい。心の
中で何度も目の前の彼女に謝った











20100804














[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ