わんぴーす

□傷口
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傷口














僅かに声のトーンが下がる。自分でも驚く程に煮え繰り返るその感情は頂点に達した。

ロビンがこの船に身を置いて五日間を見ていたのが幸い早期発見に繋がったようだ。今思えば今朝から様子がおかしかったかもしれない。足どりは重く、息遣いは粗い。なのにポーカーフェイスは崩さずにただの"毎日"を過ごしていた。

「ロビン、なんか様子が変よ?大丈夫?」
「ええ、大丈夫だわ」

ご自慢のポーカーフェイスにやられた。何もなかったかとでも言うように。それ程ロビンの笑顔は完璧な笑顔だったのだ。だからだろう、錯覚してしまったのは。だから気付くのが夜になってしまった。唸るような呻き声が私の意識を浮上させる。なんだ?今だにボーッとする脳内をフル回転させ辿る。すればそれは隣で眠るロビンからによるものだった。
「ロビン?」
額には汗が滲む。歪む顔と粗い息遣いに私は我に返った。
「ロビン、どうしたの?ロビンっ?」
肩を揺さ振り起こそうと試みればうっすらと黒い瞳が瞼から覗いた。それにさえ安堵してしまう程、ロビンが苦しそうだったから。
「航海士さん…」
上半身を起き上がらせようと力を入れた瞬間に胸元を抑えてうずくまる。それを見た私はというとただ違和感。そしてルフィの言葉を思い出す。

なぜ気づかなかったのか。こんなにも近くにいのに。やっぱりあの違和感は当たっていたのだ。私は「やめて」と悲願するロビンの手を取りシャツをまくし立てた。






"俺はあいつに二度助けられたんだ。だから助けた"
"だからあんたが助けなくてもその女なら自力で抜け出せるでしょ?"
"いーいや。無理だ。あの鰐に胸ら辺刺されてたから"




傷口が塞がっているはずがない。ろくに治療も施されていない。精々応急処置のみだけのただの気休め。滲む血液に白い包帯はうっすらと赤く染まっていた。それを目の当たりにした瞬間に身体は動き走り出そうとするも、弱々しい手が私の腕を掴み阻止された。それにも苛立つ。何をそうさせているのか。――…「…待って」、震える声がまた弱々しい。「悪魔の子」だと彼女は言った、何が違うというのか?彼女は自分と同じ、ただの人間だというのに。私は彼女が普通の女の子だということも知っている。私はゆっくり腕を掴む手を包みこんだ。
―――…安心して。私はあなたに危害は加えない。信じて?

「ロビン、大丈夫だから」

必死に苛立ちを抑えて優しく笑う、怖がらせないようにいつもの笑みを。

「チョッパーを呼ぶだけ。皆には言わないわ?」

信じて?お願い。呟いた声は悲願じみていたに違いない。ふと腕を握る手から力が抜けベッドに落ちた。それを確認し男部屋に急いだ。











麻酔をしたものの膿を出す作業に私は痛々しそうに顔を歪めた。ロビンはというと眉をひそめるだけ。自分の身体だと言うのに、本当に無頓着過ぎる。



「よし、これで大丈夫だ。でも安静にしろよ。これ死んでもおかしくない怪我だぞ」


チョッパーが静かに怒っているのが伺えた。それはロビンも感づいていたと思う。叱られた子供のように目尻を下げて俯いていた。それは自分の怪我がとかそういう意味ではない。なんせ自分の怪我の治療をあんな表情で見ていたのだから。これは多分チョッパーを怒らしてしまった償いといったところだろうか。

「ごめんなさい…」
「――…」
「本当に、ごめんなさい」

チョッパーは悲観する。――…なんで言わなかった?ここまで放っておいて………、そう言いたいはずだ。チョッパーは医者だから、特に。チョッパーも思ってるに違いないが私はというと仲間なのにとか、自己的な理由が強かった。
「もう、駄目だぞ。怪我したら俺にちゃんと言えよ。」

チョッパーは咎めない。何も言わない。責めることもしない。ただ次怪我した時のことを心配した。「ええ、わかったわ」とロビンは言う。それに満足したチョッパーは医療器具を片付け始めた。

「ナミ、なんかあったら呼んでくれよ」
「わかったわ。あと、このことは――…」
「わかってるって」

チョッパーは医療道具が入った鞄を持ち上げイヒヒヒと笑った。本当、チョッパーは歳が若いのに男の中で一番そういう部分で頼りになる。あの馬鹿共なら騒いで終わり。でもそれなりに心配してると言うことだけど。

「じゃぁ、俺行くぞ。お大事にな。ロビン絶対安静だからな、ナミ頼むぞ」
「はい、」
「任してチョッパー」

戸が閉まる音が何故か異様に大きく聞こえた。背中越しに伝わる痛い程の視線を見事にかわしロビンが座るベッドの隣に腰を降ろした。ワイシャツの下から覗く白い包帯に私は抑えていた苛立ちがまたジワジワと出てきてしまった。自分への苛立ちも中には含んでいる。気付いてあげたかった。言えないなら尚更。
「ロビン、ごめんね」
呟いた声が弱々しい。自分ではないようだ。私の視線からではロビンが今どんな表情をしているのかわからない。
「なぜ、あなたが謝るの?」
冷え切った言葉は私を刺激した。脅え、怯み息を飲む、「私が気付いてあげれば」とそう言えば少しの怒気を含んだ声がまた私を射抜いた。
「私は自分がそうしたいからしたの。あなたが勘が鋭いのも全部考慮してのことよ。あなたが悪いわけではないわ。」

――…私が悪い、わ。
最後は消えそうな程の声だった。
「だとしても、言えないのは私達の責任もあるわ」
「違う、責任なんてあるはずがないわ」
「あるわ」
「…っ、ない―…わ」
「あるわ。私達仲間よ」

半ば叫ぶように私はロビンを見てハッとした。私を見る瞳は悲痛じみていて顔を苦しそうに歪ませ口をキュッと噛み締めるロビンが居たからだ。

「ロ…ビン、」
「航海士さん達のせいではないわ…」

――…ごめんなさい、

そんな苦しそうなら尚更言って欲しかった。今にも泣き出しそうなロビンの手を握り、苦笑した。

「もう、いいわ。次からきちんと言って。ね?私達は仲間なの。ロビンが痛いなら私達も痛い。ロビンが苦しいなら私達も苦しいの。だからね?」


子供をあやすようにそう言えばロビンはたどたどしく頭を縦に振った。

「次は怒るわよ?」
「…気おつけるわ」

はい、もう終わり。怪我人はもう寝なさい。白いベッドに横になるようにと促しその上から温かな布団をかけた。私はソファーの上に座り冷たくなったお茶を啜った。
「航海士さんは?」
「私は寝相悪いのよ。今日はベッド一人で使っていいわ」

少し考え込むように布団を口元まで引き寄せた。それにまた苦笑しベッドに座り黒くてきらびやかなその髪を優しく撫でた。

「ロビンが寝るまでこうしてあげるから」
「――…そんな、いいわ」
「私がそうしたいのよ」

有無を言わさず撫で続けた。こう言わなければロビンのことだ意地を張って断り続けるに違いない。ロビンは目を細めながら「不思議だわ…」と呟いた。それに私は首を傾げ「何がと」問う?

「こんなこと全部始めて。心配されるのも、手当てされるのも、こうして撫でてもらうのも、全部始めてだわ」

改めて本人から聞かされると悲しくなる。私はされたことがある、でもロビンはされたことがないんだと思うと悲しくて淋しくてしかたない。「そう」――…なら私達がするわ。そう言いたい衝動をどうにか耐えた。簡単に言ってはいけない気がしたから。「きっと疲れてるのよ、ロビン寝るといいわ」これが今の私にできること。傷付けず、深入りせずに済む方法。言葉は後からついてくるもの。これからロビンにたくさんの愛情を注げばいい。下から聞こえた寝息を聞きながらロビンを見つめた。










20100806











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