わんぴーす

□涙
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「ナミと喧嘩でもしたのか」
そう尋ねてきたのは長鼻君だった。失礼だが、彼は何気に良く見ている。それはコックさん程ではないが漠然とした不自然さを感じとっての言葉だろう。「ナミが荒れてる」「それを何故私に?」もちろん私のせいなのはわかっている。
「お前なんか元気ないぞ。それに何時もはナミといるのに」

私は曖昧に笑う。不自然な事なら沢山あるわね。気付いて当然だわ。「そうね、」と一言返せば長鼻君は「あまり喧嘩すんなよ。ナミ泣かすとルフィが煩いからよ」と去り際にそう言った。









私は航海士さんを盗み見る。一瞥を何度も繰り返す。それは気付かれないように配慮しながら。
彼女は素直だ、実にわかりやすい。私を避けているのも不機嫌なのも一目瞭然。本当にわかりやすい子だ。

その間に私は何故彼女がこんなにも私に対してだけ避けるのかと考えを巡らせた。あの時からおかしいのは薄々気付いてのだけど、最低限の会話は成り立つため嫌われたわけではない。それは突き刺さるような視線からも分かる。ほら、今もだ。私を見ている。私は目を細め顔の位置は変えずに目線を下に向けた。
















夜のキッチンは少々不気味だ。誰もいるはずのないキッチンへ続く戸を開ければ飛び込んで来たのはオレンジ。「あっ」と漏れたようにこちらを見て、直ぐに縮こまる。目線はゆらゆら、落ち着かないのかそわそわと身体は動いている。

「何してるの?」
「えーっと、差し入れ?」
「私に聞かないでよ」

閑静が包む。航海士さんのが持つマグカップには黒い液体が入っていた。誰にとは聞かなかった。聞くだけ野暮だと思う。コックさんがいれる珈琲の豆は私のためにと直々に仕入れてある。珈琲を飲むのはこの船で私だけ。航海士さんは苦い珈琲が苦手で、好き好んで自ら飲もうともしない。そして当然その香りを私がわからないわけがない。不謹慎にも笑みが零れた。一日中避けられていた不快感も不安感も全て忘れてしまう程に。

「飲みますか?」
「ええ、頂くわ」

理不尽極まりない仕打ちさえも、今のたどたどしい彼女の態度も、困ったような愛想も全て、全て愛しい。私は白いマグカップを受け取り口に運ぶ。口内に広がる苦みとその旨味が舌を踊らせるのはもちろん、もっと違う何か特殊なモノが流れてくる。その正体に気付くのにそう時間はかからなかった。

――…航海士さんの味

見えないモノを探る。彼女が煎れたから作れるものがある。

「ありがと、とても美味しいわ」

航海士さんは罰が悪そうに顔を伏せた。私は弱みを受け入れるように腕を伸ばす。そうして私も受け入れて欲しいと願う。してはいけないとわかってるけれど、今の航海士さんを見れば身体は勝手に動いてしまったのだ。指に絡まるオレンジ色の柔らかい毛を遊ぶように撫でた。真ん丸い瞳が私を見上げる。呼吸は錆付いたようにボロボロで、うまく呼吸が出来ない。そうして今私が緊張しているのだと改めて実感した。手は一瞬空中をさ迷う。意識してしまえばそれまで、理性は防御反応を取り距離を開こうとした。それを拒むように白い指が私の指と指の間に滑りこみ弱々しく握る。
「ロビン」
掠れた声に含む甘ったるい感情に私の胸は一拍ドクンッと波打つ。気付けば私は航海士さんをその腕の中に閉じ込めていた。遠くで水が落ちる音と物が壊れる音が反響する。

何時だって此処から飛び出す準備をしていた。それはごく簡単なことで、そうしようとも決めていた。戯れ事だ。そんなのは。自分が求めていたのに、そう思うのは私の自己嫌悪。それを押し付ける程、私はこの人達、彼女を憎むことも冷徹になることも出来なかった。

「ロビンが好き。本当は物凄く大好きで堪らないの」

航海士さんは泣きながらそう呟いた。それに一瞬驚くも私は余計抱きしめる腕の力を強めた。「私もよ」、私も航海士が好き。

「愛してるわ」

嘘とでも言うように目を見開き固まる彼女を前に私は目を細めて微笑んだ。

「あなたは、強くて優しい。人の痛みだってわかるわ。私はそんなあなたを好きになったの」

彼女は泣く。笑顔でわんわんと。一つ決めたことがある。私はもう見付けてしまった。家族も、愛しい人も。私のお母さんがしてくれたように、大切な人達がしてくれたように、私は精一杯の愛情を彼等に彼女に贈ろうと思う。












20100808






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