わんぴーす

□恍惚
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「私何気に夜は好きなの」      

優しく心地好い声はいつもより低音のよ
うな気がした。暫く何も言うことなくお
互いは海と空の境目に視線を泳がせる。
「あそこに言ってみたい」―― そんな
子供じみた要望が叶うはずないことを一
番に知る彼女が零すもんだから少し苦笑
したら睨まれた。          

「案外あるかもしれないわ。」    

なんたってここはグランドラインのど真
ん中。何があるかなんて私の範疇をこと
ごとく超えてくようなことが起こりかね
ないのだ。             


―― 夜の海が綺麗、そうぽつっと呟く
彼女は机を撫でるように私より二、三歩
前に進んだ。風と同化し撫でるように通
り過ぎて、私はよりいっそう映えるオレ
ンジ色の髪を撫でればナミは穏やかな瞳
で私を見ていた。髪もそうなのだけど異
常までに白い肌とか瞳とか、彼女を取り
巻く全てが明るい。         

「私も夜は好きだわ」        

顎を少し上げ息を吐く。それとなんら変
わらないように告げ、一瞬ナミはこちら
に振り返ろうとしたがそれを止め同じよ
うに上を見た。闇は身を隠せる武器。夜
は心を奪う砦。闇とは柔らかい、夜とは
心地好い。             


「ナミが良く見えるの」       


震える唇から零れ落ちた言葉は酷く陳腐
なもので、ナミが持つ圧倒的な強さには
敵わないような気がした。事実、ナミは
私を見て目を細める。そして優しく笑い
その華奢な身体で私の黒い塊を抱きしめ
るのだ。汚れてしまう、そう言えば絶対
一緒に汚れよっかなんてまた笑うに違い
ない。               


「ナミ」              
「なに?」             
「あなたは眩しいわ」        


闇の中でも探せるような気がした。それ
だけで充分。それだけで安堵してしまう
ほど私は既に救われているのに、   

「私にとってロビンは光よ」     

―― あなたなしじゃ生きてけないもの

頭一つ分小さい彼女は吐き捨てるように
告げた。それは望みのようで子供が縋り
付き我が儘を言ってごねているようだ。
そっと白いデッキチェアーに腰を下ろし
て細い腰を腕に巻き付け抱え込んだ。必
死に顔を隠そうとも上を見上げれば視界
に入り込む歪んだ顔。今にも泣いてしま
いそう。              

「ロビン、明日は晴れだよ」     
「あら、じゃあ一緒に甲板でのんびりし
ましょう」             

白い指が頬を撫でて、私はいっそう抱き
しめる腕に力を入れた。不安定なこの両
腕で抱きしめることさえ億劫な気がして
しまうけれどナミがそれでも言いと言っ
てくれる、ナミはそれでも欲しいと言っ
てくれる。それで良いのだ。     


「なんで泣いてるの」        


ポロポロと静に流れる涙は私の頬に落ち
た。泣かしてしまっているのは私だと知
っているのに。不器用過ぎた私を優しく
包んでくれているのも、精一杯愛してい
ると言える私の想いも全部救い上げて私
のために泣いているというのに。   


「ロビンが泣いてるから」      


例外は存在した。私は見付けてしまった
のだ。それが私を縛って身動きが取れな
くとも、死が襲おうとも受け入れられる
ほどの例外。            




――闇は身を隠せる武器。夜は心を奪う
砦。闇とは柔らかい、夜とは心地好い。
そんなこと誰かが言っていた気がした。
今はそうね、            


――ナミが見えればそれでいいの   












20100929








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