わんぴーす

□死去この頃
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死去この頃







小さなバス停の木材で出来たベンチ。年
期が入ったそれは鍍金が取れて黒くくす
んでいた。その板にそっと腰を降ろすと
ギィっと嫌な悲鳴が上がりギョッとした
。間違いなく古い。何年前に造られたの
だろう。きっと私が思ってる以上に古い
んだろう。             

すぅっと息を吸った。冬の空気は妙に澄
んで感じるのは何故だろうか。冷たい空
気が鼻孔を刺激してツンッと心まで冷え
る。そしてそっと息を吐いた。目を閉じ
て心音を確かめて、よし正常だ。と脳で
理解し握る携帯に視線を向けた。お揃い
で買ったストラップ。揺れ動き、微々に
廃れている。これを買ったのももう何年
前のことで、マスコットと携帯を繋ぐ紐
はもう切れそうで持っているのさえ怖い
。いつ切れて落ちても不思議でないもの
程無くす確率だって高いのに。    



「まだ持ってたんだ」        


ギィとまた悲鳴を上げた。二人分の体重
は流石に堪えれないかもしれない。  

「遅いわ」             
「ごめんごめん」          

…―― 仕事だったの。静けさが残る中
に凛とした声が響く。車一台も通ること
ないこの道。バスだって今日はもう来な
い。まして土曜の休日。人だってあまり
通らない。             

「明日も仕事」           
「そう…」             
「……うん」            
「……」              



会話が続かなくなったのはいつからだろ
うか。相槌だけの装いももう無意味。擦
れ違った時間を戻すことなんて無理で、
まして修復することさえ出来ない。この
ストラップはこんなに廃れいただろうか
?こんなに汚れていただろうか?ベンチ
と同じ、ストラップと同じ。私の心も廃
れたように冷たい風がノックなしに吹き
荒れた。              


「ロビン、私ロビンを愛してる」   



いつか薄れゆく想いと       
いつか消えてゆく想いと       




「でも、さよなら」         



それが同一なんだろう。そういえば顔を
まともに見ていないとそう思って隣にい
る彼女の横顔を盗み見た。久しぶりに見
た彼女はやっぱり彼女以外の何者でもな
かった。まだ好きなんだと泣きそうにな
って彼女の名を呼んだ。       

(ナミ、ナミ…)          

呼んで、呼んで。心が叫んでも、廃れた
心じゃ声も出ないみたい。      


私はそっと息を吐いた。       



ずっと変わらない想いと      
出逢ったあの時の想いと       





それがわかれば苦労なんてしなかったの
に…。               















チャイムが鳴る。          
私の席は、一番後ろの窓際。午後の風は
涼しくて四季の色を感じ取れる場所だっ
た。カーテンが揺れる。日は上がり、太
陽の光りが気持ち良かった。黒板にびし
っり書かれていることは世間一般的教養
で私自身に関わるとしたって知識的に役
に立ったて全く使わないならば意味がな
い。例えば数学なんて実業が理数系でな
ければ基礎だけで将来は安泰なのだ。 

だからいらない。全てわかるから。答え
があるものなんていらない。その方が曖
昧でいい。             

何時も彼女が座る隣の席は空っぽ。見た
って変わらない事実で、あの時からそれ
は継続されていた。だから今日も来ない
と思ってたのに……先日、裏切ることが
得意なのと零した彼女は何食わぬ顔で座
っていた。「おはよ」と言われて「おは
よう」と返す。それは身についた習慣。
ただの挨拶としての決められた会話だっ
た。以前に感じたやり取り中での感情だ
って今は持ち合わせていない。    


愛される悦びを知った。あの時彼女の手
を握った私は世界で一番美しかったよう
に思える。捨てないでと泣き縋る事も出
来ず、嫌いだと嘘をつくことだって出来
ず稚拙な独占欲では生きていけない。彼
女が別れを告げた訳。それを理解出来た
私の頭は理性を優先した。      

―― 「ロビンが好き」       


鮮明に思い出せるほど最近のように思え
た告白劇だってもう過去のことだと思え
ば簡単に済んでしまうと思った。だって
あの時の感情がわからないから。もう廃
れた廃墟のように空洞だらけの入り組ん
だそこは埋まることがない。     


ハッとした。浮上した意識。黒板は消さ
れて教室には私独りだった。夕方の風は
冷たい。光りは赤く私を照らし出した。
その赤がオレンジ色に帯びて不意に思い
出した彼女の髪が綺麗なオレンジ色だっ
たのを覚えている。         

隣の席を見た。机にあるのは花瓶と死を
憂いむ花。笑っていた彼女はいない。私
の隣に居た彼女はもういない。 花を見
ることさえももう何も感じない。   





私の心は廃れてしまった。      













20101006









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