あざー

□喉を焦がす焦燥
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喉を焦がす焦燥




外には、絹糸のような細い雨が地面や緑黄色の葉を濡らしていた。傘なしに歩くが、数分もせずに袖がしっとりと濡れ少しばかりの重みが病み上がりの身体には酷だと、隣を歩む六郎は横目で幸村を盗み見る。
――今日に限って……。
何かしら反乱があった直後にこうも憂鬱な雨が、降るともなしに降り続けていれば心なしか良い気分にはならない。

弦の弾く音が次第に大きくなる。ふと、足を止め雨音に混じるその音に耳を傾けた。高く低く、身に深く入り込んでくるような、強さと切なさを含むたろやかな音色。一室だけ明かり燈る、躊躇いながらも隙間を作り中の様子を伺った。

琵琶の音色がより一層増す。
―― たん、と軽く音を立て、華奢な裸足が畳みを踏む。鮮やかな着物と所々から惜し気もなく出る素肌が陽の光りにより光沢を生み、怪しく閃く。
「ほぉ…」
思わず幸村は息を呑み嘆息した。瞳に光が生まれその舞を逃すまいと食いつくように見遣る。
「美しい」

そうは思わんか、目線は舞を見るも同意を求める口調に六郎は暫し相槌を打った。淡い青い瞳をスッと細め、金の錦糸をはためかせ、アナスタシアが琵琶の音色に合わせて舞っている。精巧な人形のようで、そうでない。時に艶美に、時に力強い舞妓は幻想的かつ、アナスタシアのみの持ち味だと見えた。

見ているだけだというのに、琵琶の音色とアナスタシアが作り出す世界に吸い込まれそうになる。忍びとは思えない程、脆くたおやかなその姿、次の瞬間見せる鋭い
扇の動き。
――…ここまで、とは…
アナスタシアの舞など六郎はおろか幸村さえもこのかた拝見したことはなかった。
琵琶はより一層熱を持ち、アナスタシアは凛々しく踊り舞う。幸村、六郎、は息を詰めて見守る中……ぱんっ ――っと反対側の扉が引き開けられた。

「アナ、見張り。何し……」

その場の空気を一切無視し、朱巴――もとい梟を肩に乗せ現れたのは佐助だった。しかし、中を覗き込むなり言葉を濁し、ぴたりと立ち止まった。なんとも合い塗れぬ二人。このタイミングに押し寄せて、しかも佐助の格好が不釣り合い過ぎていてまた面白い。アンバランスなこの光景に幸村な苦笑し六郎は呆然と見据えた。
「佐助め…」
「間の悪さは顕在ですね、」
アナスタシアは自分を見詰める佐助を見返し笑みを浮かべた。無表情だったその瞳に笑みが刻まれ最後の弦の音と共に佐助に向け深々と頭を垂れ下げた。

「良いのー佐助、」
「…幸村様」

幸村の声色と六郎の呆れ口調の会話がうっすらと聞こえ佐助は直ぐさまハッとし現状を飲み込もうとした。

「ゆ、幸村様…」
「あら、」

居たの、とでも言うような口調でも、表情は余裕釈釈といったそれに幸村と六郎がこの場に居た時から気付いていたと固定したようなもの。六郎は目を細くしアナスタシアを睨み付けた。

「何よ、」
「別に…」

一瞬でも見惚れてしまった自分に悪態をつく。いたたまれない。美しいと感じて、伊佐那海とは異なる舞を再度と…そう思ってしまった。

「六郎も見惚れていたのだ」
「ゆ、幸村様ッ…」
「本当のことよ、良いではないか」

なぁ、佐助よ。
告げれば直ぐに頬は朱に染まり、一瞬アナスタシアを目に留めるも淡い青と相対し慌てたようにその場から消えた。

「うぶねー」
「まったくだ」












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