あざー

□淀む夜が導く、は
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淀む夜に導く、は





「幸村様、もうお休みになられては」

六郎は悲願するように呟いた。雨は上がりうっすらと月に雲が掛かっている。それをなんともわびしそうに幸村は見つめた。着物から見える白い包帯を見る度、六郎は後悔する。――何故護れなかったと。
責めるものの、責めて変わることなど何もなくただ自分の力の無さを知るばかり。幸村様は言う「六郎お前が居たから助かった」と、では何故幸村様は傷を負った?「お前がいなければ死んでいた」それは癒しめのお言葉ですか?幸村様……。強くありたい、此処にいる者は皆強くそう思っている。自分だけではないのだ、後悔も不甲斐なさも、そして再度誓うのだ。幸村様を護ると、

「何を考えてるのだ?」

いえ、と目を伏せた。すれば幸村の顔は色を戻し優しさが浮かんだ。
「俺は信じてるんだ」
わかるな?子供でもあやすように言葉を綴る。
「お前がそんな顔をするもんではない。」
―― 傷は大事にな、幸村の優しさが今の六郎には身に沁みた。












***





夜の風に靡く金の錦糸を捲り上げ頭上で結んだ。――静か、ね。風の音とどこからともなく鳴く鈴虫が鼓膜を震わる。それと同時にアナ…、と自分を呼ぶ声に瞼を持ち上げ、言葉を待った。
「もう休め」
少し躊躇いながらも告げた一言に身体を覆うピリピリとした緊張感が薄くなる。それに佐助は安堵し、再度アナの名を呼んだ。しかし、アナスタシアは微動だにせず、暫くはそのまま視線は屋敷へ、その異常までな警戒心に佐助も身体を縮こませそっとアナスタシアの隣に移動した。

「何事…?」

アナスタシアは「いや」、と言葉を濁し鋭い瞳を佐助に向け間を取る。―― 根拠はない。でもあれから拭えない不安感は夜になりよりいっそう増すばかり。

「今宵はここにいるわ」
「何故?」
「……嫌な予感がする」

佐助は黙り込んだ。佐助の目つきが変わるのをアナスタシアは確認して佐助から目線を反らし立ち上がる。

「才蔵と伊佐那海は?」
「才蔵は意識まだ戻らない。伊佐那海、才蔵の傍にいる」
「そう」

下唇を噛み思考を廻らせる。佐助はそんなアナスタシアの表情を横目で見て蒼刃を呼び寄せた。

「佐助?」
「我、見回る。アナ屋敷頼む」


「朱巴置いてく、何かあったら飛ばしてくれ」そう言うや否や、すぐにその場から遠退く佐助に笑みを零した。同じ忍びとしてあの子は優しさ過ぎる。感情のコントロールも上手くはない、けれど目を見張るその強い意思と力、それはこの真田家にも今のアナスタシアにも頼もしい存在。

「さー、私も仕事しますか」

んーっと腕を伸ばし一つ深呼吸。朱巴の柔らかい頭を長い指で擽り遊ぶ。――気負い過ぎないでよ、佐助。怪我されたら困るのよ。さてと、忍びこみ、向かう先は二つ。伊佐那海を狙うか、それか幸村か。どっちだ、幸村の傍には六郎がいる、危険なのは伊佐那海がいる部屋。

――  伊賀亜流氷術

  ――――絶海、……

周りの空気中の水分がパキッと音を立て透明な氷の壁が屋敷を覆った。――水分が足りないわね。そう悪態をつくも、念には念を。これで何がきても少しは時間を稼げるだろう。六郎も気付くはず、強い風が吹くとともにアナスタシアの姿はもうそこにはなかった。










20100816








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