あざー

□明瞭な殺意に刺し傷
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明瞭な殺意に刺し傷




「伊佐那海…」

声をかけるとピクッと反応しゆっくり振り向いた。確認するなり「アナ」っと嬉しそうに頬を緩め近づくも、泣いていたに違いない目元は赤く、瞳は充血していた。それが痛々しくてしかたなかった。
「才蔵は?」
「まだ…」
「そう、伊佐那海。あんたももう寝なさい」

でも、と渋る伊佐那海の頭を優しく撫でる心地好さに目を伏せるも、その痛々しい心事受け入れるようにゆっくり身体を抱きしめた。
「あんたが、そんな顔してたら才蔵が起きた時悲しむよ」

ね?と身体を離し笑いかければ伊佐那海は目尻に涙を浮かべ「うん」っと頷いた。伊佐那海は笑顔が似合う。その屈託のない笑みが皆を救うことをまだこの子は知らないのだ。

「良い子」

また頭を撫で、そう呟いた。






***






「六郎、任せるわよ」

暗闇が覆う廊下に出て静かに告げた。間髪入れずにええ、と頷く六郎はゆっくりアナスタシアに近付き、目の前まで来ると佐助から預かった朱巴は六郎の肩に降りた。
「気付いて安心したわ」
「あんな馬鹿でかい氷見たら誰だって気付きますよ」
「あら、そう。でもおかげでわかりやすかったでしょ?」
「ええ、それはありがたい程に」
薄く笑みを浮かべる六郎に敵対するようにアナスタシアも笑みを浮かべた。こんなやり取りを繰り広げるも互いの力は認め合っている。馴れ合いとかそんな生温いものではない、毟ろ敵対していた仲で、六郎はアナスタシアを好くことはない。それは幸村の寝首をかいたことが大半の理由なのだけれど。

「一人で?」
「皆は起こさなくていいわ。敵は多くわないみたい」

まだこれからなのだ。皆を休めることが先決。それは六郎とて同じ。今、手負いの者を起こして無理などしたらこの先何も手を打てなくなる。幸村様もまだ体調は優れていない。

「いざとなったら鎌之助でも筧さんでも起こして」

あの二人ならまだ動けるでしょ?そう言うように六郎を柔らかい瞳で見つめた。

「じゃあねー」
「…」

無言の視線を一心に受け、手をヒラヒラと振り横を通り過ぎた。アナスタシアは知らない。六郎の口元が密かに言葉を綴っているのを。――大事ないようにと。








****







絶海の氷の上に立ち下を見下ろした。



「もうそろそろいいんじゃないの?」


早く出てこい。そう含む口調にアナスタシアは一点を睨みつける。気配は一人。この真下、暗闇で下は見えず、肉眼では確認出来ないがここにいるのは確かなのだ。そんな姑息な真似しなくともこちらから出向いてやると言うのに。ふと気配が動き、月の光に影が出来た。

「この氷あんたか?」
「ええ、そうよ。どう?」
「最低な贈り物だ」
「あら、残念」

ぷっくり赤い唇が薄く開き、小さく一呼吸、掌を翳し作られたのは氷柱。敵の情報はほぼ皆無。されど一つわかる事は相当な手慣れということ。――殺らねば殺やられる。すっとアナスタシアの目つきが変わった。冷酷までなその鋭い瞳はまるで氷のように尖り、澄んでいて、放つは純粋までな殺気。まるで殺すことしか考えない、そうビシビシと伝わった。

「厄介だな…」

呟く忍びは先手必勝とばかりに高く舞い上がり、アナスタシア目掛けて火炎を放つ。なるほど相性最低と言ったところか、アナスタシアは氷柱をその場に向け放ち、火炎より高く飛ぶ。

―― 伊賀亜鉛氷術

――― 崩雪氷

作り出した巨大な氷塊で敵の進路を塞ぐ、それとばかりに先ほど突き刺した氷柱が相手目掛けて勝手に放たれた。忍びの顔は歪み間一髪、長刀で塞いだ。

「伊賀の者…だな」
「ええ」
「どおりで動けるわけだ」

肩で息をする敵をただ無表情で見据えた。周りの空気がピキピキと凍り、温度はまたたくまに氷点下へ。

「火は嫌いですか?」
「大嫌いよ」

それは光栄。呟きその瞬間周りは照らされた。灼熱の炎が忍びの手に纏わり付く、アナスタシアは怪訝な表情を浮かべ、身構えた。口角を上げ目を見開い瞬間、忍びはアナスタシアの懐に居た。
――…速い
咄嗟に氷の膜を貼るものの、それは手に纏わり付く炎により相殺され、反対側の手にあった長刀が真っ直ぐ腹部目掛けて近付く。
「…くっ」
裂く音が内側から、…熱いモノが外からジュクジュクと脳に響くも、急所は避けた。しかし鋭い切っ先はアナスタシアの腹部を貫いている。アナスタシアの顔が痛みで歪む。直ぐに引けば肉が切れる音と共に傷口から夥しい量の血が流れた。口いっぱいに広がる血の味を噛み締め忍びを見遣る。忍びは心底楽しそうに銀に付く血を赤い舌で辿り、狂喜に満ちた表情と、黒い眼はぐるっと一週しその場で膝を付くアナスタシアを見下した。
――狂ってる、
殺気とは別のまた危険な何かがアナスタシアを包んだ。

「良い光景だ」

伊賀の血筋は好きですよ、得にあなた程の麗しい方の血を見るとゾクゾクするんですよ。恐怖にうち奮えて真っ赤な血に濡れるあなたが欲しい。

忍びは一呼吸でずらずらと告げた。アナスタシアは眉間に皴を寄せて睨む。若干、うちの真田にも似ている人物がいるような、そんな呑気な事を脳の片隅で思う。が、忍びはお構いなしいに話し続ける。――お喋りな男は嫌いなのよ

「そして真田の者もあなたのように無惨な姿にするんですよ」

アハハハハハハハ、狂った高笑いは不愉快極まりない。アナスタシアは歯を食いしばり、立ち上がる。真田があんたみたいなこそ泥に負けるはずがない、毟ろ今ここで私に殺される運命なのよ。腹部の傷口に手を翳し氷を自らの素肌に張った。腰に下げた刀を抜く、その動作さえも美しい。頭のてっぺんから爪先まで神経を張り巡らせ、標的を見据えた。
―― アタシを怒らせたこと後悔させたあげる

「来いよっ!!!」

刀を振りかざし、アナスタシアへ飛び付くと同時にアナスタシアもそれに受けて立つ。ザシュッ、卑劣な音が耳を刺激した。忍びの刀はアナスタシアの肩を掠り、血が滲むも、アナスタシアの刀は忍びの胸を貫いていた。そこからパキパキと氷付く。

「あ、らら…残念ッ」

苦笑する男に、アナスタシアは冷たい笑みを浮かべた。それに口から零れた血を拭い厭味な表情を浮かべぱくぱくと口を開いたり閉じたりを繰り返す。アナスタシアは怪訝な表情で「何よ?」と聞いた。

「もう一人の…っ男の元に行ったほうがいいですよ、アハハハ、ハ」

パキンっ
強制的に言葉を遮り、氷がバラバラと崩れた。フーッと一息。気配はもうない、この忍びが言うには佐助の元に刺客が送り込まれている。敵の言葉を信じるわけではないが、屋敷への敵が手薄なことからまず一人ずつといったところだろう。勘が正しければこの忍びはただ情報収集をしに来ただけ。
まず、この刺客が何者かわからない以上ただ防ぐことしか出来ない。しかもあの幸村が自ら出向くなど今はまだないはず。

「お守りも大変ね」


苦笑しながらも、佐助が消えた森を駆け巡った。











20100816









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