あざー

□曖昧な白昼夢
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曖昧な白昼夢












廊下を走る足音は慌ただし
く六郎の自室の前を通過し
た。――煩い。いつの間に
起きたのか、鎌之助は真夜
中だと言うのに、叫びなら
走り回っていた。    

「おい、どこだぁー。俺も
混ぜろ」        

野生的なその勘?とやらは
幾分の間違いもない。逆に
凄いと思う。少しばかりの
冷気がここまで届いている
が、それはアナスタシアが
敵と遭遇しているだろうこ
とを知っているからわかる
こと。本の微涼なそれに気
付くは本能だろうか。それ
はそうとし、冷気を感じる
程震える空気に肌がざわつ
く。――キレてるな……。
どうなればこうなる、今日
は少々アナスタシアにして
は感情が剥き出しのような
気さえする。この護るよう
にそびえ立つ氷壁もまたそ
れを表している。    

また戻る足音に溜息を漏ら
し、幸村をじっと見詰めた
。睡眠薬、無礼極まりない
とわかっているが、こうで
もしないと休んではくれな
い。ましては十勇士が任務
を熟している時は特に。 
ピタッと足音が目の前の扉
隔てて止まった。すればパ
ーンッと勢いよく扉が開く
。口を開く前にその人物の
口を手で遮り留めた。  

「むぐ、…んだ、よ」  
「幸村様が寝てる。静かに
」           

それに納得するも、まだ不
機嫌に鎌之助は六郎を睨む
。頷き、離せと口を囲む手
を払いのけた。     

「なんで、アナと佐助いね
ーんだよ」       
「任務だ」       
「なんだ、敵か?」   
「ええ、」       
「アナが殺りあってんのか
?」          

無言は肯定と見た鎌之助は
口角を上げニヤリと笑う。
「なら俺も、」とそう告げ
ればそれは威圧により制止
された。        

「その必要はない、もう終
わった」        

薄く唇を開き三日月のよう
に弧を描く。消えた気配は
一つ。そしてもう一つも直
ぐにこの場から遠退いた。
そっと立ち開かれた扉を潜
る。鎌之助は焦ったように
おいていかれまいとその後
ろを追った。      

「何処行くんだよ」   
「……外」       

短く返し薄暗い廊下に二人
の姿は消えて行った。  

















***









氷を照らす淡い陽の光が雲
の隙間から降り注ぐ、朱と
蒼に染まり、空は悠々と穏
やかに流れた。もう、夜が
明ける。いや既に明けてい
る、か。        

溶けた水滴が落ちた。  

ポツ、ポツ――…ぽつ  

とめどなく流るるはただの
水だと言うのに何故か酷く
泣いているようで、それは
彼女を写してるかのようだ
。           


溶ける氷が煌めきグシャッ
と塊が緑園に落ちた軌跡を
六郎は辿った。乗り越えた
か。敵はこの氷で怯んだに
違い、佐助の見回りも効い
たのだろう。早々に手を打
っていなければ今の真田の
状況を悪化させていた。 

「なんだ、これ」    


鎌之助は唖然とした。小さ
く呟く六郎は確かに彼女の
名を呼んだ。これをあの華
奢な彼女がやったというの
か。忍びは忍び、そうとわ
かっていてもここまでとは
。驚愕する中に一筋生まれ
た感情。それは熱意。まが
まがしい程の高ぶり。鎌之
助は思う。――殺りあいた
いと。         















アナは殺せと言った。返り
討ちにされた後に、冷たい
瞳にぞっとしたのを覚えて
いる。覚悟なんてそう使っ
てはならない言葉だとわか
りながらも彼女はあったの
だ。覚悟が。殺すことにも
躊躇せず、死人を人形のよ
うに見据え、媚びることな
く、死を選ぶ。運命を受け
入れ殺しだけのその人生。


なんて強いくて凛々しいの
だろう         

なんて弱くて脆いのだろう



忍びの世界に情けなどない
。いかなる例外もなく、捕
まれば死が待ち、捕まえれ
ば当たり前のように殺す。






もう随分の昔のことだと、
景色を眺めながら、六郎は
思った。そう考えれば佐助
とアナは長い付き合いと言
えよう。今思えば……、こ
うも頼もしい存在になろう
とは思ってもみなかった。



「何笑ってんだよ」   
「……いえ、別に」   


優しさに触れれば砕け散り
、逃げれば追い、彼女の真
意が今だ掴めない。――何
を思う?何を信じ何のため
に?そこに覚悟はあるだろ
うか?あれば良いと思う。
現実(いま)に全てを……、
抗えぬ全てを、     













20100826














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