あざー

□休憩
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「アナー……、っ」      

自室で寝転び悠々と過ごす午後。
伊佐那海は上機嫌に戸を開け、才
蔵が目を覚ましたと頬を緩ました
後、見た光景に驚愕した。アナの
肩から腹部にかけ白い包帯が巻か
れ、頬にも一線引かれた傷。  

「どうしたのその怪我、」   

今にも泣き出しそうに、顔を歪め
た伊佐那海にアナは笑顔で大丈夫
よと告げた。         

「たいしたことないわ」    
「でも、」          

そんな顔をさせたいわけじゃない
。たどたどしく隣に座り心配げに
見てくる伊佐那海を安心させるよ
うに何時もと同じ笑顔で優しく頭
を撫でた。すると傷に障らぬよう
にやんわりと腹部に巻き付く腕。
やっぱり泣き出しそうな表情はそ
のままに猫のように擦り寄ってき
た。             

そういえば、朝食はアナと佐助が
いなかったと伊佐那海は思い出す
。あの時は少しばかりの疑問だけ
で終わったが気付けばおかしいこ
とだ。何時もは皆一緒に朝食を取
るのに。やはり何か昨夜にあった
のだとアナを見てから気付いた。
昨夜、アナは私を安心させて寝な
さいと促してくれたというのに、
何も知らずに寝てしまうなんて。

「馬鹿ね、何考えてるのよ」  

見上げれば柔らかい瞳とぶつかっ
た。肩に回された腕の温もりを感
じながらアナの胸に耳を当てた。
ドクン、ドクン、――ドクン、。
暖かい。良かった、 遅いかもし
れない、でもアナが生きてて良か
ったと本当に思う。      


「アナー、」         
「泣かないの、あんたは皆の傍で
笑ってなさい」        

ほらっ、目尻に溜まる涙を指で払
い、満面の笑みを向けられればつ
られて伊佐那海も笑顔になった。
すると突然、アナスタシアは――
そうだ、と叫びながら意地悪そ
うに告げた。         

「佐助に会いに行ってあげて」 
「え、なんで?佐助も怪我したの
?」             
「ちょっとね」        
「だ、大丈夫なの?」     

直ぐに行かなければと焦る伊佐那
海を面白そうにアナスタシアは見
た。しかし、急にその焦燥もなく
なりジーッと顔を覗きこんでくる
伊佐那海に私は呆然した。直ぐに
何が言いたいのか意図がわかり、
心の中が何故か暖かくなったこと
に焦り一人渋る。       

「アナも、アナも行こうよ」  

一人にするのは心配なのだろう。
また無茶するとでも思っているの
か。そうね、何時もは直ぐに動い
てしまうけど、今日はそんな気分
にはなれない。この窓から零れる
木漏れ日を深々と受けたい。  

「私はここにいるわ」     
「えー、」          
「大丈夫よ、絶対ここにいるから
」              

優しく微笑めば渋々引き下がった
。              

「絶対ここに居てね」     

動いたら怒るから。眉頭が引き攣
り、頬を膨らませながら言う。ア
ナスタシアは手を翳しヒラヒラと
振る。「いってらっしゃい」そう
言えば伊佐那海は「いってきます
」と意気揚々に部屋から出ていっ
た。             












***





緑園に流れる川を覗き込みながら
ジッと水中に視線を向けると、ピ
チャッと音を立て小魚のおびれが
見えた。それに瞬時に反応して素
早く素手で掬えば掌には透明の水
のみが指の隙間から流れていく。
それをまじまじと見つめ溜息を零
した。            


―― 動かない身体は不便極まり
ない。            

もっと強くならねばならない、鍛
練しなければ。そう逸る気持ちに
押し潰されそうで自分の中にある
意思が震える。自分の大切な者達
が失うのが怖い。       

ふと肩に乗る重みとやんわりと服
を掴む足、擦り寄せるように頬を
当てる柔らかなそれに朱刃だと直
ぐにわかり頭を撫でた。ゆっくり
と空と緑の隙間を見上げれば匂い
の違いに気づく。風が季節を運び
もうこんな季節なのかと実感した
。夏が終ろうとしている。   


「佐助ー」          

遠くで聞こえる声に振り返ると額
に汗を滲ませた伊佐那海がこちら
に走り寄ってきた。躓いてしまう
んではないかと少しばかり心配し
つつハラハラする思いで見守れば
ちゃんと何事もなく自分の目の前
まで来た伊佐那海に安堵しながら
も「なんだ?」と短く返した。―
―― が、何故か伊佐那海は目を
吊り上げ声を荒げた。     


「佐助、なんで部屋にいないの?
怪我人なんだから駄目じゃん。馬
鹿!!!」           


伊佐助海は涙目になりつつ咎める
ように告げた。誰が怪我のことを
言ったのか直ぐにわかった。アナ
しかいない。もしや、自分が逃げ
るために?呆然とする佐助を見据
えて伊佐助海はまた声を荒げるも
、それは先程よりも幾分が優しさ
が混じっていた。――… ああ、
心配してくれているんだ。馬鹿と
いう単語に少々凹むも、やはり心
配してくれているのだから嬉しく
ないわけではない。      


「ごめん」          
「うん、…怪我、大丈夫?」  


―― 心配ない。そう告げ自身が
座る隣に持っていた布を起き座る
ように促せば、伊佐助海は「そん
なのなくても」と批難の声を上げ
た。佐助は「汚れる」とまた短く
返し先程と同様に川の中を覗きこ
んだ。            


「何かいるの?」       
「いる。小魚」        


例えば、こういう時間が失くなっ
たら。そう考えただけで心が折れ
てしまいそうになる。安らぐ時間
がなければ、信頼する仲間、護ら
ねばならない大切な者がいなくな
ったら…そう思うだけで身の毛も
よだつ思いになる。      


「佐助、昨日何かあったの?」 


その質問に暫く沈黙で答えた。伊
佐助海も十勇士なのだから知るべ
き事柄なのだろうけども、いや、
しかし余計怖がらせることもない
。葛藤するも、伊佐助海の真剣な
眼差しと相対してしまい息が詰ま
った。            

「昨日、侵入者があらわれた」 
「……何処の奴?」      
「わからない」        

何も根拠となる者も死体から確認
出来なかった。(ほぼアナが氷付
けにしてバラバラに砕いてしまっ
たのだけれど)何処の刺客なのか
、はたまた賊なのか、それもわか
らない。が、アナの話しを聞けば
またこちらに入りこもうとするに
違いない。難しい顔をしてしまっ
たのだろう、隣から心配げに名を
呼ばれ直ぐに笑顔を向けた。  

「心配ない、才蔵もいる」   
「うん……」         
「才蔵は目を覚ましたのか?」 
「そうだ、そうだ。覚ましたの」

直ぐに花が咲いたように満面な笑
みになる。凛とした芯の通った真
っ直ぐなそれに、なんて怖いぐら
い純粋なのだろうと身震いと共に
襲う嫉妬感。醜い感情を隠すよう
にやんわり微笑み目を細めた。 

















***




仏教面の幸村を目の前にアナはこ
れでもかという程の作り笑いで、
既に30分は過ぎようとしていた
。六郎は静に溜息を吐き、その場
に居座るが、なんとも言えないこ
の空気をどうにか打ち破ろうと策
を考えるもアナの尋常ではない威
圧に跳ね返されてただただ溜息を
はくばかり。         


「何があった?」       
「だから、こそ泥が入ったのよ」

――… 何度も言わせないで。そ
うでも言うように欝陶しように告
げれば、幸村の眉は跳ね上がった
。              

「何故俺に言わなかった?」  
「だって寝てたでしょ?」   

呆れ口調に告げた直後、幸村の視
線は六郎へ、咎めるような鋭い視
線に畏縮した。――― 何故起こ
さなかったのかと。わかっている
。アナも六郎も。何故ここまで幸
村が怒っているのか。自分の知ら
ぬ所で怪我など不機嫌になるに決
まっている。それを幸村が今朝ま
で知らなかったとか、その間自分
が寝てたとか、そんな悪循環に自
分自身も苛立ちを隠せないのだ。
それが例え六郎が盛った睡眠薬の
せいだとしても、それを幸村が知
らないのだから六郎のせいにする
のもおかしい話しだ。事実六郎の
せいなのだけれど。      

アナの視線は六郎へ。     

「六郎のせいじゃないわよ」  

―― ねぇ?と相槌を求めるアナ
に六郎は苦笑を浮かべた。そして
挑発じみた視線を幸村に向けまた
微笑んだ。それにまんまと引っ掛
かった幸村は眉間に皴を寄せ、青
筋を立てながら咳ばらいをする。


「もうよい。だがしかし傷はきち
んと癒せ」          



「綺麗な肌が…」とか「俺のアナ
が傷者に…」とかそのあともうな
だれる幸村に、六郎は渋り、アナ
は呆れた。そういうところは置い
といて心配をしてしまうのが頭と
いうものだ。アナも充分承知して
いる。だから少しでも手負いなら
ば休んで欲しいと思うのが勇士の
願い。内心、睡眠薬を盛った六郎
に感謝しつつ、食えない男だと再
度視線を向ければ六郎もまた訴え
かけるような視線を向けた。  

―― あなたに言われなくない。

そう言っているような気がして思
わず二人はフッと笑った。   

















20100828















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