あざー

□静かな亀裂
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 立ちすくむ自身の足をこれでもかと
力を込めた。――解放  否、渦巻く
嫌悪感に制御出来なかった力、その風
圧に地面がベッコリ陥没した。   

  ――くそ、落ち着かねぇ。   

 あの時、あの瞬間確かに感じた身震
い。美しくもその幻想までの氷に威圧
された己の高ぶりも全て、鎌之助の脳
内へと根強く地を這っていた。もう少
し早く気付けば参加出来た、人を殺れ
た、自分の好きな深紅の血が見れた。
そんなの今の鎌之助にはどうでも良か
った。才蔵に感じたあの高ぶりがあの
女――アナスタシアに感じた高ぶりと
同類のような気がしてならない。  

「あー、退屈だ」         

 だというのに周囲にはそれを消費出
来る、否それ以上のものが転がってい
る、               

 我慢出来ない内からの圧迫感。鎌之
助のストレスは溜まる一方だった。そ
の刹那、背後の気配に咄嗟に身構える
。                

「何、そんなに殺気だってんだよ」 

 呆れたような声が響く。そこに居た
のは才蔵だった。         

「……なんだよ、才蔵かよってお前い
つの間に意識戻ったんだよ!?」  
「今朝」             

 呆れは自分へとの冒涜か、機嫌が悪
いのはお互い様だろうに。それほどま
でに今の才蔵を纏う気はピリピリと震
えていた。            

「俺が寝てる間に何があった」   

 案の定、聞かれた内容に溜息が出そ
うになる。そこまで不甲斐なさを感じ
なくても良いだろう、なんせこの真田
にいる者はみなつわもの揃い。信頼と
かそういった達ではないが少なくとも
力は充分にあると鎌之助は解釈してい
る。               

 睨みつけるような鋭い視線を一瞥し
鎌之助は熔けはじめた氷を見た。現に
、俺も知らない。アナと佐助が対峙し
ていたのはわかるがこそ泥が何者か、
その真意だとか、そんな詳細は知らさ
れていない。まぁ、今日辺り皆揃った
んだから集会があるとは思うが。  

 考えること暫く、才蔵は一向に口を
開かない鎌之助に怒気を含んだ声で告
げる。              

「おい、黙ってないでなんとか――、
」                
「知らない」           
「あ?」             
「俺が殺り合ったんじゃねー」   
「誰だ?誰が」          
「お前そこら辺に張る氷壁が見えない
のかよ」             

 血が昇っていたのかもしれない。否
、そうでしかなかった。才蔵は今気付
いたとでも言うように辺りに張れ巡ら
された氷壁を目を見開いて見遣った。

「アナ…か?」          
「ああ、あと佐助。ってか会ってない
のかよ」             
「起きたら伊佐那海が居ただけだ」 

 吹き荒れる風、ここは俺の管轄だ。
良い風だ。ふと目を細め、脳裏に浮か
ぶ昨日の光景。あー、早く。早く。急
かすな、焦るな。じっくりだ。制御を
掛けるように心中で唱えた。そして再
度才蔵を見れば驚いた事に全てが分か
ったかのようだった。なんて余裕がな
い表情だ、何を焦っている。才蔵が身
に纏う白い着物が揺れた。     

「風邪引くぞ。病み上がりなんだから
まだ寝てろよ」          
「もう、俺は充分寝た」      
「馬鹿だな、才蔵は」       
「ああっ?なんだとッ――」    
「ねぇ、何をそんなに焦ってるんだよ
。」               

 その瞬間、才蔵が表情が強張ったの
を見逃さない。黙り込んだことを良い
事に俺は言葉を繋いだ。      

「今のままじゃ戦力外だ。悔しいなら
まずしっかり治せよ。いざという時に
動けなかったんじゃ話しになんねーだ
ろ?」              

 ――― アナの受けいりだ。有り難
く貰え。             
 そう吐き捨てるように呟けば何かを
悟ったように才蔵は頷いた。    




***



 他の部屋よりは幾分か広い広間は何
故か異様な雰囲気に包まれていた。畳
みの深い緑に順応よく縦二列に並び中
央を開けるように腰を降ろしている。
またも冷戦。六郎は今朝のやり取りを
思い出し溜息を飲み込んだ。    


「で、佐助よ」          
「は、はい」           
「アナに聞けば正体も掴めず目的もわ
からないと聞くが、真か?」    

 佐助は太股に置かれた拳をきつく握
りしめるた。           

「は、はい。申し訳ございません。」

 焦った様子の佐助は深々とその頭を
下げた。沈黙するその部屋、またも冷
戦に縺れ込まれるような気がしてなら
ない。              
「佐助の失態ではないわ、」    
「ア、アナッ!?」        
 それにそぐわない凛とした声が響く
。皆の視線が向く先にはアナが少し目
を伏せ座っていた。        

「解放を制御出来なかった私の失態よ
」                

 なんたる物言い。悪いとは少なから
ず思ってはいないだろうことは六郎が
理解した。(喧嘩腰とは、あいつ馬鹿
か)そう呆れかえる六郎とは別に予想
に反してついに言葉を放ったのは才蔵
だった。             

「それでも忍びか」        

 一瞬アナは才蔵を一瞥した。それも
直ぐに幸村の元へと注がれ、今朝には
見られなかった姿勢を見せた。   

「申し訳ございませんでした」   

 六郎と筧は溜息をついた。それはア
ナスタシアへのものでなく才蔵のもの
だった。才蔵の発言は尤もだ。それは
否めない。だがしかし、その言葉にあ
る真意を感じとった二人、(否、最早
皆も察しているが)が呆れた理由もわ
かる。篭められた思いに焦りしかない
のだ。所謂――八つ当たりのようなも
の。平たく言えば餓鬼の発想以外のな
にものでもない。         

 幸村は才蔵とアナ、佐助を交互に見
て一息ついた。          

「伊佐那海、鎌之助は才蔵の傍へ、佐
助、アナは傷が癒え次第そのものの情
報を集めよ。筧は他にしてほしいこと
がある」             

 皆一斉に声を出し承諾。しかし、一
人納得いかないような怪訝な表情をし
た者がいた。才蔵の苛立ちは溜まる一
方。それを察した幸村は次いで言葉を
出した。             

「才蔵、おぬしはまず心身共に万全な
態勢を整えるように。佐助、アナ良く
やった。今日はもう休め」     

     ――― 散       


その言葉とともに皆散った。    





静かな亀裂







20101212





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