けぃぉん

□嘘つき狼の遠吠え
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一歩、一歩…歩けば辿り着いた。橋の上
から見る川は黒くて、下を見ないように
前を見据えて光るネオンに手を翳す。ゆ
っくり、ゆっくり関節をおり、握り締め
た。町中の喧騒さえも聞こえないフリを
して同じことを何度も何度も。なのに消
えない。光りは消えない。      


「りっちゃん」           

此処に来て初めて跡を残す音に触れた。
名前を呼ぶ声は脳の奥に浸透して自然に
身体ごと横に向けた。        

「唯…」              

へらっと笑ってみた。なのに何時もの笑
顔は帰ってこない。"帰ってこないんだ
"。近付く足音も、何処か無表情な唯の
顔も怖くて怖くてしかたなくて背けたが
る顔を必死にその場に保とうとした。 

「寒いね」             
「…うん」             
「なんでそんな薄着なのさ?」    
「咄嗟だったからさ」        


くだらない会話か、これがくだらないと
思うか?私には宝物のように思えるよ。
無くしたくない、無くしたらと考えるだ
けで逃げ腰になる。嘘なんて付くはずが
ない唯は何時だって素直のままにさらけ
出していた。だから…どうか、許さない
で欲しい。護りたいものがあるんだよ…
。                 


「私唯とは付き合えない」      


夜と消える言葉に期待させたのは私だっ
た。拒絶することを選んだのも私だった
。―― ごめん。零れた言葉が震えてる
ことさえ今の私には気づかなくて、早く
この場の空気さえも断ち切りたかった。
「さぁ、帰ろう」と叫ぶ準備に空気を肺
に吹き込んだのにその空気はプシューと
口から二酸化炭素になって吐かれてしま
った。               


「嘘だよ」             


妙に透き通る声に思わず目を見開いた。
―― 嘘だよ。りっちゃん。そんなの嘘
。そこで優しく笑う唯は私の心中も察し
てのことだろうか。嘘じゃないよ?唯、
嘘じゃない。            

「卑怯だ」             
「卑怯なのはお互い様だよ」     

口ごもる私は一人渋る。ごもっとも。こ
の距離を保つつもりが逸らしてしまった
のは私。背けたのも全部………、向き合
った唯は勇者だろうか。そんなの笑って
しまうよ。             


「りっちゃんは嘘つきだよ」     

君の沈黙。私の心臓。冷たくなった指先
、痛いな。痛すぎる。それもこれも全部
唯のせいだぞ、馬鹿。        


「りっちゃん、好きだよ」      

白い息が零れた。寒いのか?そう言って
冷たいだろう手を握れたらいいのに。 

こんな世界だから悪いんだ。こんな世界
だから…。傷付けたくないのに、社会は
罰するように冷たくて、追い込むように
突き立てて。私は唯が思ってるほどの人
間でもなくて。全部世界のせいにして、
時のせいにして、弱いんだよ。私は。傷
付けたくない、傷付けたくない、ホント
は                 


「傷つきたくない…」        


ネオンが映し出す残像が余計に強く感じ
た。眩しいそれに目をつむりたくなる半
面ずっと見ていたい矛盾とが葛藤する中
ゆっくり近付いた彼女は私の手をギュッ
と握り締めている。思ってたより人間の
温もりが通う暖かさに目を細めた。目の
前にいる彼女は誰だ?いつものように笑
えよ。               

「りっちゃん、」          
「……」              
「りっちゃん」           
「唯…」              


―― 好きだ。           


「知ってるよ」           
「卑怯だ」             
「お互い様だよ」          


(傷付いたって私がいるじゃない私も一
緒だよ。だからお願い、ずっと一緒に居
てよ。)              


「私ね、りっちゃんがいなくなるほうが
傷付いちゃうんだよ」        


こう言えばいいんでしょ?とばかりに満
面の笑みを浮かべて、手から伝わる温も
りにも泣きたくなった。       

「卑怯だよ、」           
「うん…」             
「唯は、ずるぃ」          
「うん、ごめんね…」        
「私は何時だって自分しか護ってない、
自分を護って生きてきたんだ」    


そんな私でいいのか?そんな私を好きと
言うのか。惹かれて、繋ぎ止める、それ
が出来ないほど弱くてちっぽけな私が唯
のど真ん中にいるなんて、もっと片隅で
いいよ。私はそれを見てるだけでも良か
ったんだよ。            

冷たい風が身に染みて、身体を縮こませ
た。堪えるようにまだ握る手を強く握っ
ては解き、まるで情景反射のようで妙に
嫌気がさす。(―― 馬鹿だなぁ〜。り
っちゃん)             
馬鹿で結構。いくらでも罵倒してくれ。
自分でも馬鹿だと思うんだから。   


「りっちゃんは何時も私の上にいたよ」


(先に居たんだよ。私はそのままの感情
しか出せない。単純だから考えたくない
から、脳なんて働かせてないんだよ。無
責任でしょ?ただりっちゃんがいればい
いだなんて本当は良くないのかもしれな
いけど、それで満足しちゃうんだよ。り
っちゃんは何時でも皆の先に居たじゃん
、ずっと見てたじゃない)      





「な、んで…唯が泣くん、だよ」   


傷つきたくなかった。それ以上にみんな
が笑えればいいだなんて平和主義の戯れ
事だっていい。唯が泣いてるんだから抱
きしめない理由なんてないじゃないか。

―― 「唯、好きだ」そう言って交わる
指を解いて腕を回した。唯が好き、どう
しようもなく。言えるさ、そりゃぁ私だ
って人だからそのままの感情を出す方法
だって心得てるつもりだ。だから言える
。今なら、何時だって素直な唯だからそ
んな唯に貰うものが大きすぎて零れなよ
うにそっと包み込んだつもりでもほら今
みたいに零れ落ちちゃうんだよ。本当は
好きなんだよ。           












嘘つき狼の遠吠え















20101005










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