けぃぉん

□追いかけっこ
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追いかけっこ


呼吸の仕方を思い出したい。私達の関係
を変えたあの日から澪を見る度に煮え立
つような胸の高揚に自分でも正直どうし
たらいいのかわからなかった。付き合う
前ってどんなんだっけ?掌に滲む汗、緊
張から?戸惑いから?きっと全ての連鎖
が私を追い込むのだ。私の横を歩く澪は
私に歩調を合わせいる、知ってるか?私
が横目でチラチラ見てることを、私の右
手が不自然に開いたり閉じたりしてるこ
とを。               

「寒い…」             
「なんでマフラー忘れたんだよ」   
「だって、遅刻しそうで」      
「馬鹿だな」            

うるせー、苦し紛れの呟きも澪は笑って
過ごした。枯れ葉が舞い、足元を流れる
風が冷たい。            

また横目で見る。澪を見て―― 少しで
いい、少しでも温もりが欲しい、と。勇
気も諦めのようにしか感じなくなってし
まった私はいつからこんな臆病になった
んだ。目線は澪の左手。目標物はそこに
ある、あとは少しの勇気。動いた右手、
念じたかいがあった。なのに私の右手は
澪の左手を掴めずに掠めただけだった。
(……嘘だろ)失敗に終わった少しの勇
気。掠めたことで気付いた澪はこっちを
見てキョトンとしている。      

「み、澪ッ」             
「律、今…」            
「―― ちが…」          

見つめられる視線が痛い。顔に熱が上昇
して赤くなるのがわかる。恥ずかしい、
穴があれば入りたいぐらいに、失敗まで
してなんて格好悪いんだ。それでも、そ
れでも。この関係を確かめたい。私と澪
は付き合ってるんだ。私は澪が好きで、
澪も私が好き。少しでも形が欲しい。昔
を羨むのも先を怖がるのも今があるから
だろ。               


「ッ澪……手、繋ぎたい」      


最後は消え入りそうになった。喉が痛い
ぐらいに枯渇する。言ってさらなる上昇
を起こした体温。泣きそうだった。正直
今すぐにでも。我慢出来たのは意地だっ
たのかもしれない。         

「いいよ」             

透き通る声がやけに今日は心にまで届い
た。右手を包む私より大きい手、指に絡
まる長い指も、この暖かさも全部澪のだ
った。               

「律、真っ赤」           
「うるさい」            

煩い、煩い。誰のせいだ、そんな反論も
笑って流された。くそ、今までだったら
逆なのに。いつからだよ。「ちょっと待
て」、そう呟きながら絡みあった指がス
ルッと離された。(あッ…)隙間が作ら
れた手にまた先程のように冷たい風が通
る。澪は立ち止まりピンクのマフラーを
といていた。うー、淋しい。早く早く、
繋いでよ。馬鹿。俯き加減にオレンジ色
の地面に写る影と影の間の距離が思った
より遠くて心臓が凍り付いたように静に
なった。すると首元にフワッとした柔ら
かな感触がして顔を上げれば鼻と頬を赤
くした澪がいた。          

「寒いだろ」            
「…」               
「ほらこれで一緒だ」        

反対の端っこを自分の首に巻いて微笑ん
で、また絡まる指。やばっ、まじで泣き
そう。好きだと感じる気持ちがこんなに
膨れ上がることがあるんだ、しみじみと
そう思った。知らなかった、幸福感を生
む安心と満足感。それと伴って重なり合
う苦渋する切なさと痛み。これが恋なん
だ。                

「澪、好き」            

好きだ。              

「ずっと一緒に居て」        

絶対離さないから。         

いきなり立ち止まった澪の表情は綺麗な
黒髪に隠れて見えない。不思議に思いな
がらもそれに合わせて立ち止まる。  

「私も好き、律が好き」       

一瞬見えた顔がこの上なく真っ赤だった
のは気のせいではないはずだ。    

「照れてんのかよ、みーお」     
「う、うるさい」          

ケラケラ、と笑う私は恥ずかしさを必死
に隠しながら繋いだ手をギュッと握って
、引っ張るようにまた歩き始めた。あー
、幸せだ。手を繋いだのは幼少時代ぶり
だ。さっきの不安だった気持ちが嘘だっ
たように幸せ気分に浸ってれば後ろから
着いてくる澪に思いっ切り手を引っ張ら
れて、当然思いもよらない力に私の身体
は持ってかれてぐらついた。不満の声を
あげようと眉を寄せて振り返れば、どあ
っぷ過ぎる綺麗な澪の顔があって内心大
いに慌てることになるけれど唇に当たる
温もりに何が起きたかわからずに固まっ
た。                




「律、照れてんの?」        




今度は私が後ろから手を引かれる番だ。













20101115







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