けぃぉん

□いただきます
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意識が浮上し一番始めにクリアーになっ
た視界が捉えた物は時計で私はというと
ボーッと上の空。ぽっきり十秒後、「あ
、」と認識した時には勢いよく飛び起き
ていた。              

理解した脳が捉えた情報は時計の短針が
もう六時を廻ってるということで、昼間
に練った"五時には今晩のおかずを買い
に行く"という今日のたわいもない計画
が潰されたということだった。    

―― あー、もう。と一人頭を悩ませた
次の行動は取り敢えず冷蔵庫を見てみる
ということ。何かあっただろうか、否…
最近買い物なんてろくにしてない。いや
いや、もしかしたら何かしらあるかもし
れないと淡い期待を胸に抱いて冷蔵庫を
開けて溜息。            

「だよね…」            

見事なまでに中身は空っぽだった。  





今から買いに行くなんて面倒だ。買いに
行った所で作るのも自分なんだから全て
が面倒になるのは当然。考え込んでいる
とお腹からの可愛らしい音が私を一段と
悩ました。             

―― お腹空いた……        

使いたくなかった最終手段。私は携帯、
財布、隣の家の合鍵を持って部屋を暗く
し、玄関まで駆け足。直ぐに楽なサンダ
ルを選んで家を出た。        

目指すは隣の家。一応はインターフォン
を押して、次に合鍵を差し込んで無断訪
問。承諾がないのだから無断になるがそ
んなちっぽけな法則に縛られない絆が私
と梓にはあるはずだ、開き直りでは断じ
てない。              

――「お邪魔します」と最低限の挨拶を
叫びながらサンダルを脱いでパタパタと
もう親しんだリビングへと向かった。 

「ちょ、律先輩。まだ返事してないのに
勝手に上がらないでくださいよ」   
「まぁまぁ、そう怒るなっ――…っ、て
……」               

リビングに駆け込む私を見るなり不服そ
うな声を上げた、がそんなことは意識外
であって私はというとリビングに入るな
り固まった。その眼前にある梓の姿は声
までも奪い、私の中から当初の目的まで
も忘却しようとしていた。      

途絶えた声に不信に思ったかキッチンに
立っている梓は再度振り返り私を見た。
金魚のようにパクパクと息継ぎをしよう
とする私は確かに不自然だった、現に今
梓は怪訝そうに眉を潜めている。   

しかたない、毟ろおかしくしたのは誰で
もなく梓本人。なんせ梓はピンクと白の
エプロンを身に纏いキッチンに立ってい
るというなんとも珍しい姿でいるのだ。
実に美味しい光景だ。なんて可愛らしい
んだろうか、見慣れない姿に私は興奮を
覚えるが、それでも平静を装いなんとか
言葉を繋ぐ。            

「そのエプロン買ったのか?」    
「あ、はい。キッチンに立つのにやっぱ
り必要かと思いまして」       
「ふーん、そっか」         
「おかしい…ですか?」       
「全く、むしろめちゃくちゃ可愛い」 

間髪いれずに真っ赤になる顔ににやける
口元が隠せない。―― だ、だめだ、殺
人的な可愛さだ。その姿で照れるなんて
せこい、狡い、一層のこと殺されたいぐ
らいだ。              

疼く感情は熱が篭る。意識的なのかその
外なのか全くわからずに私は今にでも抱
きしめたくなる衝動を間一髪抑えた。 

――― 駄目だ。駄目だ…我慢しろ私、
と必死に拳を握り身体を固くさせ念じる
。お預けをくらった犬の気持ちが今なら
わかる。本当意識外とはまた達の悪い。

「律先輩ご飯食べましたか?食べてなか
ったら、一緒に食べませんか?」   

悶々と心中で唱えた私を現実に戻したの
は梓の声で、それに閉じていた双眸を開
けてまた後悔。邪心を振り払おうとした
私の行いは無と化した。       

少し照れたように笑う梓に私の邪心は膨
れ上がる。もう無理です、ごめんなさい
。と誰かに言った謝罪も意味を為さない
。気付けば手を伸ばしこの腕一杯に余す
ことなく梓を抱きしめていてた。   

「り、りつせんぱいっ」       

梓は腕の中で焦ったように挙動不審に身
をよじる。なんのそれ、そんな抵抗に負
けじと腕に力を入れた。       

「ど、どうしたんですか?」     
「だって梓が可愛いんだもん」    

触れるなって方が無理、そう平然と言え
ば梓は――またそうやって、と不服そう
に口を尖らずも満更でもない様子。  

「ほら、作っていいよ」       
「無理です、この体制じゃ」     
「ならこれならいいだろ?」     

くるっと半転。後ろから腰辺りに腕を回
して顎を肩に乗せ後ろから抱き着くよう
な形でキッチンに立つ。       

「り、りつ先輩…」         
「どった?」            
「無理です」            
「無理じゃないよ」         

ほら、持って。とまな板の上にあったジ
ャガ芋とビーラーを渡してまた腕は腰へ
。誘導された梓はジャガ芋とビーラーを
両手に持ちながら葛藤するように迷った
挙げ句その手を動かした。      

シュッ、シュッと綺麗に皮を向いていく
梓は黙々とジャガ芋もの次は人参と手順
を踏んでいく。モモ肉と玉葱は既に切っ
て横にある、ガス焜炉にはお湯が沸騰し
ていた。私は片手で弱火にして人参の皮
剥きが終わるのを待つ。       

「今日はシチュー?」        
「はい、そうですよ」        
「一緒に食べていい?」       
「しかたないですからいいですよ」  

さっき自分が言ったのにとは言わない。
可愛げない言葉も私にとってはご褒美の
ように甘いのだからそんなの意味もない
からだ。なんたって一段と小さくなった
背も赤くなった耳もそれを物語っている
。                 

「梓」               
「なんで、――ぁ」         

人参の皮剥きの終了。それは私の悪戯の
開始。こんな可愛らしい姿を目の前に何
もするななんて無理ですよ、おじさん。
変態な発言は飲み込みその変わり行動で
示した。私は真っ赤で可愛らしい耳たぶ
を甘噛みして、ペロッと舌で舐める。ク
チュと耳の穴に舌を捩込めば腕の中にあ
る身体はビクッと跳ねた。      

「まっ…せんぱ、止めてく、ださい」 
「無理」              
「ここじゃ、…」          

顎に手を添えてグッと後ろを向かせた。
一瞬見えた瞳が揺らいでいる、がすぐに
唇と唇を重ねて抱きしめる腕により一層
力を入れた。ゆっくり舌を入れて、歯の
羅列をなぞり柔らかい梓の舌に絡めると
、ゾクッとした感覚が背中を走る。激し
さを増すそれにふっと梓の身体から力が
抜け少し重みが増す。それに気付いた私
は名残惜しいけれど我慢、我慢とまた念
じて唇を離した。          

「―― り、つせんぱぃ…」     

潤む瞳。掠れた声で私を呼んで見上げら
れた。ドクンと一つ鳴る心臓が暴れる。
私堪えてくれ、お願いだ。震える全てが
私を襲う、それにブレーキをかけて小さ
く微笑みその可愛らしいおでこにチュッ
とキスをした。           

「わりぃ、でも可愛い梓が悪いからおあ
いこな?」             
「…おあいこ、じゃ…ないです」   

俯き加減で途切れ途切れの言葉を繋いだ
梓は胸へと額を当てた。そこからは全て
の動作がスローモーションのように思え
た。首に回った腕も、近付く顔も。呆気
に取られていたのかもしれないけれど何
かに縛られたように硬直した身体のわり
には視界はクリアー。ああ、当たる――
…そう思った時にはもう唇は重なってい
た。                

「これで、おあいこです…」     

自らキスしといて顔は真っ赤、それに負
けないぐらい今の私は真っ赤なのだろう
と顔の熱で察した。照れた笑顔も可愛く
て私は我慢の臨界点などとうに越えた。

「梓、誘ったんだから責任持てよ?」 

釣り上がった口角をそのままにそう言え
ば、途端に先程同様私の腕の中でおとな
しくなった。ガスを止めそのまま手を引
き一気にソファーになだれ込むと一瞬麻
痺した鼻を擽った柔らかい匂い。今を取
り巻く全てに甘い余韻を感じるというの
に胸を締め付ける程の高陽と欲望は私を
付き動かしていく。今日は梓の手料理の
はずだったのに、両方頂けるなんて寝坊
した私にそんなご褒美が待ってるとはな
んたる幸福。            

可愛く唸るその唇に一つキスを落とし、
また口づけて鼻を擽る部屋一杯の良い匂
いが私達を包んだ。         





いただきます









20101227










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