あざー2

□4
1ページ/1ページ



自身の腕が制御出来なくなったあの時
の感覚は忘れられない。      


内側からじわじわと滲み出て全てを侵
食していくあの興奮も。      


あれはたしかに殺人衝動であった。 


脳は告げる            

 ―――… 殺せると       



魔を引き裂く感覚も、高揚する中で冷
静に捨て斬っている頭が何処か他人事
のようにだったのも。       

―― 反射した刀の切っ先に写る自分
を見るまでは…、         

誰だ。これは誰なんだ。思わず顔を隠
したくなった。指と指から覗くは嘲笑
うかのような紅い瞳。背から偽物の白
が闇に生える。          

誰だ。私はダレだ…        


呼吸が荒くなると同時に腕に激痛が走
った。心臓の鼓動に比例した連続的な
痛みに麻痺していく。       


気付けばあの無数の妖気は全てなくな
っていた。その場に力なく膝を付いて
震える身体に恐怖感だけが残り、どう
しようもないこの感情が劣等感に似て
いる。              

泣きたくなる涙腺の緩みに渇いた笑み
を乗せてそっと夕凪をその胸で抱きし
めた。              


(化け物は私ではないか…)     


泣き叫ぶことなかれ。化け物は涙など
流せないのだ。          











重たい瞼を上げると近い天井が目に入
る。刹那にとって何時もはない圧迫感
が何故か異様に居心地が良く思えた。

瞳だけをある程度動かし、顔を横に向
けると地面が案外近いことに気付く。
見慣れた部屋に安心するが見る景色の
違いと自分がベッドに寝かされている
という状況から同室する褐色肌の人物
が私用しているベッドなのだろう。 

しかしその肝心の人物がいない。とい
うより今は何時なのかもわからないが
、いつものあわただしい寮が今は――
しんっ と沈黙を守っている。   


(寝過ごしたか…)         


小さく舌打ちをした刹那は顔をしかめ
た。心配するであろう心優しいお嬢様
には気を利かせた龍宮が言付けている
はずだが、起こしてくれてもいいでわ
ないか。心中での真名に対し文句は溜
息に変わった。          

(というより)           

刹那の脳の信号は伝達神経を使い腕へ
と流れるがすんなりと上がるはずの腕
に力は入らず微々に動くのみ。   

ピクンと指が跳ねる。       

(これじゃ、学校なんて行けないか…
)                 

自分の気持ちとは正反対に動かぬ身体
に不自由を覚えて諦めた。無理だ、動
かない。龍宮もこれを見越してだろう
か。丁寧に服も取り替えられている。

後始末を真名に押し付けてしまったよ
うな罪悪感が募った。       

礼を言わねばと理解しそっと重い瞼を
再度閉じる。(眠い…)このまままた寝
てしまいたい。身体が動かぬ以上無理
に動いても良いことはないだろう。 

(龍宮も怒るな、…お嬢様は泣いてし
まわれるかもしれない)      

こんな私にでも優しくその腕で抱きし
めてくれる彼女はいつだって私が護り
たい人なのだ。泣かせまいと、傷付け
まいと。そう思えば思うほど傷付いて
しまうから、           

(こんな姿は見せれない)      

それよりも今は少しでも回復せねば足
を引っ張るのは自分だ。(でなければ
また…)             

あれは本当に抑えられるのか、自分に
それが出来るのか。弱みに付け込まれ
たあの瞬間に何かが壊れたのは事実だ
。制御できないこの力が恐くてしかた
ない。              



悶々と考えては昨夜を思い出し、フラ
ッシュバックした姿が瞼に写る。  

最悪の事態を思い浮かべては消沈させ
逃げることなど出来ない事を知った。
これは悪循環だ、本日二度目の溜息を
吐き無駄に入った力を全て抜いた。 

(もう寝てしおう)          


繋ぎ止めていた意識を離そうとしたま
さにその時、誰も居ることがない寮内
に気配を感じ瞼を上げ扉を見た。  

(誰だ、)             

段々と気配は色濃いものへと変わって
いく。あからさまにこちらに近付いて
きてるのは歴然だった。      

通り過ぎようとしていた気配は止まる
。そこは刹那の自室の前であった。龍
宮か、と思ったが扉一枚を隔てて立つ
その人物は一向に動く気配を見せずに
何かを調べているか、もしくは迷って
いるようである。         

刹那は居心地の悪さを感じて顔をしか
めた。何者かの視線があちらこちらに
扉越しから伝わってきている。   

しかし邪悪な妖気は微量さえも感じな
い。               



一応のために夕凪の位置を確認した。
少し遠いが無理にでも動けば取れるだ
ろうベッドから降りたすぐ傍に立て掛
けてある。            

息を殺し、傷がない右腕で身体を支え
ズルズルとベッドの頭上へと這う。 


左腕がまともに使えずその反動が響い
た。               

「―――…ッ」          

痛みにギリッと奥歯が鳴る、歪む顔に
は若干冷や汗が滲んでいた。ベッドの
端、木板に背をもたれかけて右腕を伸
ばすと馴染んだ柄に触れた。扉と刹那
のいる位置はちょうど対角線で距離も
ある、比較的何があっても対応が出来
るはずだ。            

刹那は息を飲む。扉に手をかけたのが
わかった。            

静かにノック音が響く。      
あえて返事はせずに身構えた。   


ゆっくり開かれる扉に鞘を噛み刃を抜
くが、そこから恐る恐る顔を覗かせた
人物に肩を撫で下ろした。オレンジが
かったツインテールに付いている鈴を
鳴らし遠慮がちに部屋に入ってきたの
は神楽坂明日菜だった。      

明日菜さん…、と気が抜けた声が出た
瞬間りきんだ身体を緩くした。急な緊
張感と行動で無駄に疲労が溜まった刹
那はその顔に疲れが見える。本人は至
ってキョトンとしているために刹那は
苦笑した。            

「ちょ、刹那さん大丈夫?休むって聞
いたから…。ってなんで刀貫いてるの
よっ」              

言われてああ、そうだった気付く。そ
ういえば警戒したその態勢のままであ
った。              

「ごめん、」           

左手で鞘を持ち口にくわえ器用に刀を
鞘に戻す。それを見た明日菜は物騒ね
、と冗談混じりに笑い後ろ手で扉を閉
めた。              








――――――
歪む笑み








20110105





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ