ぶりーち

□気付かない僕等
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「飲みに行きませんか」    

残業の紙を片手に視線だけを向け
れば何時になく神妙な顔つきの檜
佐木が居た。またか、と一息付く
と檜佐木の眉間に皴が寄り、次の
瞬間大の大人とも思えない子供が
叱られたように情けない表情を見
せた。仮にも、隊長。そんな顔を
した男をほって置く程、冷徹でも
なければ鬼でもない。しかも自隊
のことならば尚更に。     

「松本か?」         

自隊の隊長が残業してるというの
にそそくさとこの場を後にした副
隊長の名を呆れ半分に呼べば、な
んともわかりやすい。みるみる頬
は赤く染まり、瞳を伏せた。また
一息。成る程、問題はあいつだろ
うに。恋愛?とかいうモノには皆
振り回されているらしい。松本も
松本でそれを分かってて何時まで
知らないフリをしているつもりだ
ろうか。こういう事に対して、自
分は不器用でしかたない。だとい
うのに檜佐木は毎度俺に相談をす
る辺り、どうにも腑に落ちない。

「待ってろ」         

そう一言返せばパッと笑顔になっ
た。本当にわかりやすいったらあ
りゃしない。そんな檜佐木だから
こそ俺もこんな無関心な話題に付
き合う気も起きたのだろう。ソフ
ァーに座るように促し、目の前の
数枚の書類にまた意識を集中させ
た。             









***             






騒がしい店が好みだというのはわ
かっていたが、こうもどんちゃん
騒ぎがあちらこちらで繰り広げら
れていると、十番隊の飲み会を思
い出さしてしまい苦笑した。そう
してるのは紛れも無く松本本人な
のだけど、隊員はそれに付いてい
っているのだから好きにさせよう
と何時も思っていた。     

「良く行くんですよ。乱菊さんと
」              

だろうな、とまた呆れた。あいつ
も好きそうな場所だと思っていた
が紹介したのが松本とは。檜佐木
はまだ此処のみなのだろう。実際
松本は閑静に飲むのも好きらしい
。哀愁を好む時や、恋人と行く時
はこちらのほうが多いと昔無理矢
理聞かされた覚えがある。ならば
あいつとは行っているのだろうか
。そう思えば目の前の男に大層同
情してしまう。        


「日番谷隊長は日本酒ですか?」
「ああ、冷酒で頼む」     

元気溌剌な主人らしき者と親しげ
に会話をした後、注文をすれば一
分も祟らずにお酒と、つまみ程度
のお新香が出てきた。静にトンッ
と酌を交わし、口に運べば喉をひ
んやりと刺激するアルコールが徐
々に熱くなる。檜佐木も堪ってい
るのか口に運ぶペースが早い。直
に空になったビンを左右に振り、
眉を寄せてまた同じものを今度は
二本頼んだ。また酒をつぎ口に運
ぶ、それに瞼を伏せて「で、」と
会話を促せば崩壊したダムのよう
に出るは出るは……。案の定その
全てが松本についてのこと。檜佐
木は松本に関しては限界というも
のを知らないらしい、それ程の剣
幕は俺が驚く程で思わず身を引い
た。             

「乱菊さんは誰が好きなんですか
?」             
「それは俺にもわからねぇ」  
「……ですよね、乱菊さんは何時
も市丸隊長を気にかけているよう
な気がするんです」      


檜佐木が気にしてるのは一番にそ
こだろ。市丸と松本の仲は所謂、
俺と雛森といった仲に当てはまる
とみて、それは過保護までの優し
さと変な虫が付かないためのお守
り役に過ぎない。       

「あれは…ちげぇーだろ」   
「わからないじゃないですか」 
「なら俺と雛森がそういう仲にな
るとでも?」         


すればまた神妙な顔付きで俺を見
た。なんだ、その顔は。その微妙
で曖昧な、まるで俺が何かをした
みたいなそんな表情は。俺はそれ
には触れなかった、触れてはいけ
ない気がして、また会話をごまか
せば檜佐木はハッとしてうなだれ
た。             


「俺はやっぱり男として見られて
ないんですかね」       


檜佐木はモテる。俺から見ても色
恋には自信があるように思える。
松本だけ、松本だけは違う。自信
のかけらもなくて、悩ましい表情
をする。それだけ松本という女は
例外に匹敵する程に良い女なのだ
ろう。俺には……わからねぇな。

「お前女に困らねーだろ、自信な
い檜佐木は松本にだけか」   
「それを言わないで下さいよ、な
ら日番谷隊長だって急激に背が伸
びて一段とモテてるじゃないです
か」             
「……知らん」        
「鈍感にも程がありますよ…」 


苦笑しながら俺を見る檜佐木に「
うるせー」っと黙らせ、酒を口に
運んだ。色恋か、俺にそんな感情
はあるのだろうか。大切に思う者
は居る、だが一生こいつとと思う
者はいない。まぁ、なるようにな
るだろうとは思う。今はそれだけ
でいいんではないだろうか。  



「今度また乱菊さんを誘ってみよ
うと思います」        
「なら静かな場所にしてみろ」 
「へ?なんでですか?」    
「お前は馬鹿か。こんな場所で飲
んでたらただの友達止まりだろう
が。たまにはそういう場所で飲ん
だほうが男として見るだろ」  


まくし立てるように告げれば檜佐
木はハッとして嬉しそうに「そう
ですね、そうですよね」と立ち上
がり始めたので、俺は深い溜息を
はいた。それからご機嫌になった
檜佐木は次の日仕事があるという
のに酒を飲みつづけた。それはま
るで浴びるように。もう駄目だろ
と思い止めたが、既に遅かった。
千鳥足になる檜佐木の腕を自身の
肩に乗っけて、腰を支えとりあえ
ず迷惑にならないように店を出た
。              


「す、すいませ…」      
「良いから話すな」      


松本を見る男は一体どれぐらいい
るのだろうか。何にせよ多いに違
いない。ふと、隣から聞こえる規
則正しい寝息に苦笑して、檜佐木
をおぶる。          


「ったく世話かけさせやがって」





何故だろうか、        
檜佐木に頑張れよなど     
言いたくはなかった。     

















20100820










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