ぶりーち

□夢うつつ
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「――… らん  」    

「 ら、ん ――… ぎ… 」



耳に残る声が浸蝕していく  


「―― 乱菊」       

淡く光そこには姿形はないと言
うのに、声がまだ聞こえる  

あまりにも優しく、     
あまりにも堪え難い     

追えば退け、掴めば逃げる  


記憶の残像はまだ消えない  










布団の温もりを手放せないまま
意識は浮上した。うっすら開く
双眸から覗く薄い蒼穹を思わす
瞳は綺麗な透明の膜を張ってい
た。            

窓明かりが部屋を照らし、はら
りはらりと白い雪がゆったりと
落莫のごと流れ落ちている。 


何十年ぶりだろうか、彼の夢を
見るのは。         


乱菊は眼前にある力ない自分の
手を見つめる。少し力を入れれ
ばピクッと指先が揺れた。その
まま力を篭め、そして緩め。繰
り返して残ったのは自分の体温
だけだった。        


そうだった、この手で掴めなか
ったんだ。         


いなくなる事を畏れた私は何時
も彼を追うばかりだった。今で
も鮮明に思い出せる。彼の声も
瞳も背も、全てが…。やっと追
い付いたと思えばもう逢うこと
の出来ぬ遠くへその魂を置く彼
をどんなに恨んだか、それと同
時にどんなに愛しかったか。 



あの日を境に彼の全てが今の私
だと信じて疑わなかった私は彼
を忘れた事は一度もなかった。

今もあいつは私の中にいる  

しかしあれから夢見に現れる事
はなくなった。なくなったはず
なのに           
―― 何故、今頃…。    



乱菊は温い布団を引き寄せ双眸
を閉じた。         

吸い込まれたのは雪か、それと
も涙か           










「まつもとぉぉおー!!」   

号令の如く朝は日課になるほど
日番谷の声は十番隊に轟いてい
た。ぜぇ、ぜぇと肩で息をした
彼の額には青筋が刻まれ、ひく
つく口元は笑っているが確かに
目は笑ってい。そんな日番谷の
目の前に、かも当然のように遅
刻する乱菊が平然とした顔で「
おはようございます」と微笑め
ば―― ブチッっと何かが切れ
た。            

「ふざけんなぁ!!おはようござ
います、じゃねぇぇ!!松本、今
何時だと思ってんだっ」   
「え、隊長時計見えないんです
か?私の指定時間の一時間後で
すよ、それが何か問題でも?」
「問題大有りだッ!!松本お前は
今日残業だ」        
「えぇぇーっ!?」     
「当たり前だ」       


ふて腐れた乱菊は眉を潜め口を
尖らせ、渋々自身の席へと向か
えば待っていた机に置かれる大
量の書類に肩を下げた。   


「なんか多くないですか?」 
「隊長、副隊長会議で言われた
だろう、内部の入れ替えの件だ
」             
「――… ああ」      

今思い出したとでも言うような
簡素な返事、そこには興味も関
心もないようにさえ思えるほど
冷たい。          

日番谷は横目に見遣る、金の錦
糸が緩やかに肩を撫で垂れ下が
るその横顔は無表情で日番谷は
乱菊の意図する事が読めないで
いた。           

―― 十番隊        

暫くの後その口から出たのは自
隊の名。乱菊の口調は何処か刺
々しく責め立てるようだ。  

「十番隊もその範疇内ですか?
」             
「だろうな」        

その瞬間松本の掌は勢い良く机
を叩き書類に向く日番谷を鋭く
睨みつけた。        

「いいんですか!?」    
「……」          
「私は、私は――… 隊長。あ
なた以外の背は護れない」  


松本は苦虫を潰したように顔を
歪めた。          

"護れない"というニュアンスは
正解のようで誤謬であった。"
護れない"んではない"護りたく
ない"のだ。        


静寂が包む、日番谷はそれを破
るように筆を置き書類から目を
離した。翡翠の瞳は蒼い瞳と対
峙する、緊張する空気も威圧は
張りつめ霊圧も微々に揺れる。

フッ、と口角を上げその空間を
和らげたのは日番谷だった。そ
れに松本の瞳は鋭さをなくしキ
ョトンと日番谷を見る。   

「当たり前だ、お前以外俺の背
は預けられねぇよ」     
「で、でも」        
「そんなの俺が直々に総隊長に
話す」           
「…揉み消すつもりですか?」
「そうだ、何が悪い?」   

今度はクックッ、と乱菊は耐え
切れず笑みを零す。     

「あー、良かった。もうー馬鹿
」             
「誰が馬鹿だ?」      
「隊長ですよ、たいちょ〜」 
「なんで、俺なんだよッ」  
「だって揉み消すって職権乱用
じゃないですか」      
「こういう時に使わないで何処
で使うんだ」        
「私の処罰?」       
「わかってんじゃねーか」  


―― なんて馬鹿なんだろう、
本当馬鹿なのは私だ。    

さっきまでの空気が嘘のよう穏
やかになった執務室に互いの笑
い声が響く。乱菊は日番谷を信
頼していた、否―― それより
も硬い何かで結ばれていると。
だから許せなかった、当然のよ
うな仕草が。それが間違いだと
も気付かずに。       

何時もなら余裕釈釈といった態
度で受け答えしているというの
に焦燥に駆られるのは今日の夢
のせいだろうか。      

―― 隔絶された彼を見た、 

ああ、影響は大きかったようだ


だとしてもはっきりと告げた日
番谷の言葉に乱菊は救われ温か
みを増していく。ぬるま湯に浸
かるような心が満たされていく
その感覚が彼とは別のもので歯
痒い。           


「隊長、私隊長が逃げても追い
掛けます」         
「何時もは逃げた松本を俺が追
っ掛けてるけどな」     
「もうー、隊長ったら」   
「当たってるだろ?」    
「虐めないで下さい」    


月日が流れ少し背も伸びた日番
谷は一段と逞しくなった。変化
した容姿もその器も全てが羨む
ほどに、けれど肝心の根っこの
部分は何一つ変わらず顕在する
日番谷が乱菊は好きで堪らなか
った。部下を大切にし、家族を
敬い、その優しさで包む日番谷
が。            



そう、変わらぬものがある  


前に進んでるつもりだった。 
否、少なからず前進はしている
はずだけれど、そう根っこの部
分は変わらない。      


私は彼を―― ギンをまだ見て
いる。           





きっと傷は深く、根強く   
その身を焦がしていくのだろう







コンコンっと執務室の戸を遠慮
がちにノックされ木の板一枚で
遮られたそこからはの馴染みの
ある声に日番谷は書類に目を通
しながらも口を開いた。   

「入れ」          

その言葉に――「失礼します」
しますと添えて戸を開いた人物
は三番隊副隊長、吉良イズルだ
った。そっと書類を置き、見れ
ば日番谷の目に写った吉良は最
初に比べて顔色は良くなったも
ののまだ疲労のそれが残ってい
た。            

「こんにちわ、あれ松本さんは
?」            
「ああ、今茶入れてる」   
「そうですか」       
「どうした?」       

―― ああ、と書類を抱えなお
した吉良は苦笑混じりに何かを
告げようとした時その場には不
釣り合いな呑気な声が響いた。


「あら、吉良じゃない。珍しい
じゃないあんたが此処に来るの
」             

おぼんに置いた深緑の湯呑みを
持ちながら給湯室から出て来た
乱菊は目を見開いた後微笑んだ
。             


「こんにちわ、松本さん」  


律儀に頭を垂れる吉良に―― 
相変わらず、固っ苦しいと笑い
飛ばし日番谷の机へと湯呑みを
置いた。          

「どうぞ」         
「ああ、すまない」     

で?、とその場に立ちすくむ吉
良に促せば向き直り一枚の書類
を提示した。        

「例の件です」       

それだけで十分すぎる程伝わっ
た松本の眉尻は攣り上がり、不
機嫌なまでに顔を歪ませた。日
番谷はなんとも素早くそれを見
遣り、理解する中溜息を零す。
吉良もまた苦笑する他なかった
。             

「浮竹隊長は最後まで反対され
ていました」        

日番谷は隊長、副隊長会議での
浮竹を思い出した。耐えるよう
にきつく唇を噛み締め悲痛な面
持ちは痛々しく、そして何処か
淋しいそうだった。気さくで絶
え間無いその笑みを浮かべる浮
竹からは想像もつかないような
だった。また朽木の罪人処刑の
時と同じように葛藤の中に今を
置いてるのだろう。     

浮竹もまた副官を亡くし長年そ
の地位に他を座らせることを拒
んだ人物だ。少なからず吉良も
そう思っているに違いない、日
番谷は吉良の横顔を一瞥した。


その視線に気付いた吉良は口を
開いた。          

「何れこうなることはわかって
いました。ここまで引き延ばし
にされていた方が不思議です」

吉良は少しだけ目を伏せ言葉を
繋ぐ。           

「僕はここまで引き延ばしされ
ただけでも十分です」    

―― 檜佐木さんも、    

呟く吉良は今度こそ眉尻を下げ
た。            


"三隊の隊長各、今だに空席だ
った十三番隊の副隊長の決定、
及び席官の見直し"     

そこにはそう印されていた。 


「日番谷隊長、今まで三番隊の
書類の一部を担って頂きありが
とうございました」     
「たいしたことない、気にする
な」            

一礼した後、向き合った吉良は
戸に手をかけ出て行こうと一歩
足を踏み出し止めた。    

「あ、」          

と足したような言葉に不思議と
日番谷と松本は吉良を見た。 

「強いて言えば今度はちゃんと
働いてくれる隊長がいいですね
」             


去り際にそう告げたイズルはく
しゃっと泣きそうな笑みを向け
た。            








――――――――――――

変化嫌う人間こそ人間味が
あるのだろう      




20101218







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