underground.X

□ピンクマグマX
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―Bar mikami―



「いらっしゃ…なんだ小僧か」
「あれ、伊達さんは?」
「今日はまだ来てねぇよ」
「なんだ…ここに来てると思ってたのに…」
「待て小僧」
つまらなそうに店を出て行こうとする久遠を、三上は静かに引き留めた。
「まあ座れ、奢ってやる」
「え?」
顎で席に促され、久遠はおとなしく椅子を跨いだ。
差し出されたビールに口をつけると、黙っていた三上もウィスキーを煽り久遠を睨み付けた。

「てめぇ、どういうつもりだ?」
「…何が」
「解ってんだろ。あいつに何を言った?」
「何って、」
「てめぇの趣味にケチ付ける気はねぇが、あいつはよせ」

有無を言わせない三上の迫力に、久遠は言葉を詰まらせる。
「あいつはてめぇの手には負えねぇ。てめぇが考えるよりずっと、あいつの背負ってるモンは重いんだ。若僧の気紛れなんかじゃ」
「気紛れってなんだよ!?俺が本気じゃないかどうかなんてアンタにわかんのかよ!!」
「なに?」
久遠は席を立ち真正面から三上と向き合った。その瞳には強い光が宿っている。

「解ってるよ、俺にあの人は救えない事ぐらい。自分を罰する為に生きてるような人間を、救える訳ないからね」
「小僧…」
「でもそれでも、少しでもあの人の荷物軽くしてやれんなら……俺は何だってするよ」

しばらく睨み合っていた三上は、少し表情を和らげグラスの縁を指先でなぞった。
「それが、伊達への恩返しのつもりか」
「……」
「あいつの為なら“これ以上”の犯罪に手を染めてもいいって事だな?」

「……確かにあの人には救われた。伊達さんに会ってなかったら、もしかしたら俺も裁かれる側になってたかもしれない。でもそれだけじゃないんだよ、本当に」

久遠は少しだけ苦しそうに顔を歪めて唇を噛んだ。






「…好きなんだ、あの人が」



絞り出すように零れた久遠の本心に、三上の表情が変わった。その時、






「あれ、久遠くん?」

扉が開き間の抜けた声と共に伊達が顔を出した。
「…っ、伊達さん」
「?どうしたんです、2人とも恐い顔して」
状況が飲み込めない、という風に目をパチパチさせながら近付く伊達に、目を泳がせる久遠とは逆に三上はいつものようにいちごミルクの支度を始めていた。
「鑑識に行ったらもう居なかったから。珍しいね、1人でここに来てるなんて」

隣に腰を下ろし笑顔を向ける伊達に、久遠はいつものヘラリとした表情を浮かべた。
「なんだ、じゃあ入れ違ったんだ。俺も一課に行ったんだけどもう帰ったっていうからここだと思って」

「はい、特製いちごミルク。小僧、ここはツケにしとくからな」
「はぁ!?奢りっつったじゃんっ」
「甘えんな、こっちはいつも迷惑かけられてんだ」
「ひっで…」
そんな2人のやり取りをニコニコと眺めている伊達をチラッと見やり、久遠は腰を上げた。
「ごめん伊達さん、俺今日はもう帰るわ」
「ん?ああ」
「待て小僧」

三上はアロハシャツの胸倉を掴みぐっと引き寄せると小声で囁いた。

「いいか小僧、こいつを泣かしたら俺がてめぇを裁くからな」
「……解ってるよっ、おっさん」


「おっさんじゃねぇ、マスターだ」











「久遠と何を話してたんですか?」

ストローをくわえたまま上目使いで見られ三上は苦笑いを浮かべた。
「お前も聞いてたんだろ?いつからあそこに居た」
「何のことです?」
「いつまでもごまかせねぇぞ。あらぁ、だいぶ本気だぜ」
テーブルに手を着いて顔を覗き込むと、伊達は口を尖らせて肩をすくめた。

「ごまかすつもりなんてありませんよ。ただ……自分の気持ちがわからないだけです」



それが伊達の本心だった。真っ直ぐにぶつかってくる久遠の気持ちに戸惑っている自分と、それを否定しながらも受け入れ始めている自分。
でも“それ”を認めてしまったら何かが変わってしまいそうで。


「この歳でこんな目に合うなんてね」

自嘲気味に笑う伊達に、三上は目を細め空いたグラスにいちごミルクを注ぎ足した。
「いいじゃねぇか。それもまた人生だ」
「本当にそう思ってますか?」



返事のかわりに、三上はウィスキーのグラスを掲げニヤリと笑った。





end

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