CLAP Novel

□June bride
1ページ/1ページ




◇六月の花嫁◇

ジメジメとした湿気が日本中を取り巻いている。その中で響く教会の鐘の音。祝福の象徴であるそれを聞くと、あたしはいつも羨ましいような気持ちになる。
小雨の降る中で微かに聞こえてきた鐘の音に、あたしは知らずため息をついた。

「ジューンブライドかぁ」
「湿気と梅雨のこの時期に結婚式を挙げるのかよ」

雑誌を片手に、身も蓋もない発言をしながらソファに転がる彼方をあたしは半眼で見る。
確かにそうだけど。髪の毛クルクルとかなっちゃうけど。でもさ、日本の女の子なら誰でも憧れを持つものじゃ無いの?
あたしの睨みつけるような視線に気がついたのか、彼方が雑誌から視線を外さずに口を開いた。どうでも良いけど、人と話すときくらいちゃんと顔を見て欲しい。ただでさえ、滅多に会えないのにさ。

「ジューンブライドのジューンって意味知ってるか?」
「ううん。六月って意味じゃないの?」

唐突な話題に目を丸くしながら首を振ると、彼方は少し考えるように黙り、読んでいた雑誌を閉じてソファから上半身を起こした。

「英語のジューンっていうのはローマ神話のジュノーって神様からきたものなんだと。これが結婚をつかさどるらしいから、六月に結婚すると幸せになるって話」
「へぇ…そうなんだ」

意外に知識を持っていた彼方にあたしは素直に感心した。その様子を見た彼方が苦笑しながらソファから立ち、キッチンへと消える。たぶん、コーヒーでも淹れに行ったんだと思うけど。
あたしはキッチンでごそごそ動く彼方の背中を見ながら、やっぱりため息をついた。「いいなぁ」って意味のだけど。
六月に結婚すると幸せになる。ただの迷信だってことは重々承知だけど、やっぱり羨ましくなる。…や、したいとかは別に置いておくとして。

「何、お前でも結婚に憧れがあるの?」
「それ、失礼だから!あたしにだって人並みにはありますよーっだ」

彼方が淹れてくれたコーヒーを受け取りながらあたしは不貞腐れる。あたしの言葉を聞いた彼方はなぜか変な顔をする。その理由がよく分からなくて首を傾げたら、彼方はあたしの前の椅子を引いて座った。

「…結婚とか考える?」
「いつかはしたいなぁくらいだよ。あ、でもねお母さんと教会婚か白無垢にするかで話したりはしたよ」
「ちなみにどういう結果に?」
「あたしはウエディングドレス着たいけどお母さんは着物も捨てられないみたいだねぇ」

お母さんは白無垢だって言ってたからやっぱり娘にもそうして欲しいかも。でもあたしとしては神父様の前で愛を近い合うっていうのも捨てがたい。
一人でそんな妄想を繰り広げていたら、彼方がなんだか悩んでいることに気がついた。

「どうしたの?」
「…俺は教会がいいな…」
「………はっ!?」

いきなりの発言に思わず叫ぶと彼方は目を丸くし、それから少し怒ったような顔になった。
なんて言うか彼方がそんなことを考えているなんて驚きだった。そいうのに興味なさそうだったし。っていうかそんな話題が出たことが一度もないし。

「なんだよ」
「や、別に…。なんかビックリした。彼方でもそんなこと考えるんだ」

あたしが本音を溢したらなぜか彼方は不機嫌そうな顔になった。あたしはその理由が分からず、首を傾げればなぜか重いため息をつかれる。

「…俺ばっかりその気になってるって訳か…」
「え、何?」
「なんでもない」

彼方のなげやりな発言にムッとするもきっと追求しても何も言わないことは分かりきっているからあたしは早々に諦める。
また遠くで教会の鐘が鳴っている。それを聞いた彼方が小さくため息をつきながら「俺は梅雨に結婚するのは嫌だ…」と呟いたのを聞いた。
あたしは自分の結婚式を想像する。どんな結婚式になるかは分からないが、隣に居るのが目の前に座っている人だといいな、と思ったのは内緒だ。




―END―
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ