CLAP Novel

□好奇心の延長線上に
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◇好奇心の延長線上に◇


自然界では生まれない色。それが青い薔薇。その言葉は「不可能」の代名詞としても使われることがある。
不可能。誰にも目にすることの出来ない、奇跡の色。

「科学って偉大だわー・・・。生きている内に青い薔薇にお目にかかるなんて」

私の不満そうな響きを持った言葉を聞いて、あなたは少し笑った。言葉に含まれる微かな「棘」に気がついたんだと思う。
自分で言うのも何だけど、私は意外にロマンとか持っていたみたい。世の中には人類が越えられない謎とか問題とか合っても良いと思ってた。その方が楽しいし。
だけど科学は日々進歩していく。謎は少しずつ解明されていく。
人類はロケットを造り、月まで行った。潜水艦を造って海の底を見てきた。その内タイムマシンなんかを作って過去・未来を自由に行き来するかもしれない。

『君がそんなことを言うなんてらしくないね』

苦笑の中に見え隠れするあなたの好奇心を見つけて私は少しつまんなくなる。

「だって・・・。謎があるから好奇心が動くのよ。未来に何も残らなくなるのなら、私は何を糧(かて)に生きていけばいいのよ?」
『じゃあ僕も君の好奇心の延長線上に存在しているのかな』

拗ねるでもなく不満に思うでも無さそうなあなたの言葉に私は少し固まった。
確かに好奇心の延長線上にあるのかもしれない。私の持つあなたに対する愛情は、どういった種類のものなのだろうか。
私とあなたを遮るように存在するガラス板に頭を預ける。これは境界線。あなたと私を遮る境界線。

「珍しく悩んでいるんだね」
『人をサイボーグみたいに言わないで。これでも人間なんだから』
「そうだね。君は人間だ」

そこに微かに含まれた自嘲とも分からない感情に、私は驚いた。それから反省する。無用心な言葉を使ってしまった。
悲しそうな顔をした私に気がついたのかあなたはガラス越しに手を伸ばしてきた。その手に私も手をあわせる。

『悲しいの?』
「・・・そんなんじゃ無いわ」
『じゃあ責めている?』
「何を?」
『・・・僕の存在について』

ガラス越しに合わせた手の間で、いくつかの気泡が浮いた。揺れる波間に微笑むあなたの顔が見える。
円柱型の水槽に水が入ってる。そこに浮かぶ一人の青年。そういえばあなたが目覚めてから今日で丁度一年ね。
公表すれば、私はきっと「不可能」を「可能」にした学者として学会の話題を攫うことになるだろう。

死んだ人を、不完全な形とはいえ蘇らせた学者として。

『後悔してるの?』
「まさか。私は満足しているのよ」
『じゃあ公表するの?』
「・・・いいえ」
『僕が完全な形じゃないから?』

そうじゃないわ、と言ってもあなたは笑うだけ。私は残酷なことをしている。受け入れたくない事実を消そうとしてあなたのことを踏みにじっている。あなたの死を、侮辱している。

『僕は君を恨んでなんかいないよ』
「え・・・?」
『君に会えて僕は幸せだから』

あなたの言った言葉が昔のあなたをダブらせる。笑顔も仕草も言葉遣いも。全てが違うのに「あなた」を感じる。
だから、私はこの「現実」を「夢」として終わらせることが出来ない。

「――私もあなたに会えて幸せだわ」

あなたは私の言葉に幸せそうに微笑むだけ。
円柱型の水槽の一番下。プレートに刻まれた名前は「青い薔薇」
不可能を表す代名詞。――「可能性」を示す言葉。
あなたの再生は「不可能」
私とあなたの間に存在するガラス板は「可能性」
あなたが水槽から出られたら、それはきっとわたしにとっての青い薔薇になる。
あなたが笑っている。それだけで私は幸せになれる。きっとこれからも私はあなたを手放せない。
可能性がある限り、私はあなたと共に居たいと願うのだろう。たとえ、どんなに神を冒涜することだったとしても――・・・。








―END―
 

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