CLAP Novel

□君が望む世界なら
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◇君が望む世界なら◇



「ずっとずっと小さくなって。空気に溶けて消えてしまえたらいいのに」

視界を切り取ってきたみたいな空の青と雲の白が支配する。それに向かって手を伸ばして、私は誰かに手を掴まれた。

「消えちゃったらこうやって手を握り合えないよ?」

囁く声が私の鼓膜を刺激する。高すぎず、低すぎないその声。握りしめる温もりが冷たい私の手には心地よい。

「でも空気に溶けたら、貴方の体の中を永遠に巡っていられる」
「じゃあ僕は君を永遠に手に入れられるけど、永遠に会うことは叶わないんだ」

それは究極の選択だね、と笑う貴方の笑顔が眩しい。貴方の纏うその光が私には眩しすぎて。

私の汚い部分が引き立てられるようで嫌になる。

この世界が壊れたなら、私は永遠の安らぎを手に入れられるのだろうか。息苦しいこの世界から、脱出することは出来るのだろうか。
でもこの世界を壊すことなんて出来ないから。
だから私は私を壊すしか無い。

「…また切った?」

彼が私の手首に刻まれた細くて深い、傷跡を指でなぞる。私はぼんやりとその傷を見た。「三日前…」「どうして?」どうして?――だってそれは。

「頭の中で私は何度も『私』を殺してる。……それをやっただけだよ?」

そう言えば貴方が痛みに堪えるような顔をすることを知ってる。その顔に、私は堪らなく快感を覚えた。
私が私を傷付ける度に貴方の心に深い傷が刻まれる。それはまるで貴方の中に私が刻まれていくようで。
これは呪わしい鎖で貴方を縛り付ける、自分勝手な執着なのだ。
私が貴方がなぞる傷跡を見る。これは自己満足な自傷行為ではない。確実に死ぬために。私が消えるために。

「…消えたい…?」
「消えるなら私一人だよ」

淡く微笑む私に、貴方は唇を強く噛む。貴方は巻き込まない。この鎖を断ち切って私は貴方を自由にする。
痛いくらいに綺麗な貴方の隣は苦しくて、汚い私はいつだって暗闇の中。息苦しいこの世界は、私の排除を願ってる。

――それでも。

貴方の隣は優しくて、暖かくて。だから私は貴方を連れていきたくない。貴方が私の唯一。この世界に存在するための。

「僕を置いて行くつもり?」
「…いつでも側に居るよ」
「信じてないくせに」

苦笑する貴方の頬に指を這わせ、私はゆっくり貴方に口付ける。貴方の体温を、一番近くで感じてる。

世界は恐ろしいくらいに綺麗で、悲しいくらいに残酷だ。
異物な私はここには存在していられない。貴方の側にはいられない。

「――じゃあ僕が壊してあげる」

耳元で囁かれた言葉に、私は軽く目を見開く。今なんて言ったの?彼の顔を覗き込めば、貴方は無垢な笑顔で私を抱き締めた。

「君が居なくなるのなら、君が許される世界を作る」
「…それは、」
「君が望む世界なら、僕はどこまでも堕ちて行く」

甘美なる囁きは私の脳内を支配する。瞳にちらつく狂気に絶望する私と、抑えようの無い喜びに震える私が居る。
私はもう赦されないだろう。彼を壊したのは私だ。戻れなくなくなってしまったのに、私はどうしようも無い幸せを感じている。

「…堕ちる?」
「どこまでも一緒に」

囁く言葉は私の口の中に消えて行く。汚れてしまった。汚してしまった。壊れた彼を私は力強く抱き締める。
壊れたのなら、どこまでも堕ちていこう。私たちが許される世界まで。

貴方も私ももう離れられないのだから――…。









―END―
 

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