05/10の日記
02:14
彼の人の心の内は
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「そう言えば、ここって飲むときのコール?とかそういうの無いよね」
私は目の前にあるオムライスをもそもそと食べながら首を傾げた。
脳内に浮かぶのはきらきらの派手派手しいシャンデリアにてらてらと輝く革のソファー。そして高く積まれたシャンパングラスのタワー。
それを目の前にして騒ぐホストたち。これが世間一般のホストのイメージじゃないのかな。
「何だ、狭雪。そういうのが好みか」
「え? いや、別に……」
「言えよ。すぐに用意してやるから」
「え!? 用意するの!?」
「シャンパンはダメだから……サイダーだな。ケイタに買いに走らせるか」
そう言って本当に携帯電話をいじり始めたから、私は慌てて木内さんの腕にすがりついた。
この人、やると言ったらやる男だ。お店にシャンパングラスを高く積んで高らかにコールしちゃいそうだ。
「……そんなに心配するなよ」
泣きそうな顔ですがりつく私を見て、木内さんが呆れたように肩をすくめる。それを見てホッとした。
あ、良かった。本気じゃなかったんだ──
「費用はシュウにつけとくからよ」
「そんな心配はしてないよ!?」
「あいつなら喜んで金払うだろうし、張り切ってコールもするだろ」
なんの問題もないな! なんて笑う木内さん。いや、むしろ問題しかないよ。
本気で涙目になっている私を見て、木内さんは薄く笑って携帯をしまった。
仕舞ってくれたけど油断はできない。この人、隙を見て準備しそうなんだもん。嬉々として。
「……そんなに睨まなくてもやらないよ」
「本当に?」
「おう。……今日のところは」
ボソッと物騒な一言が聞こえたけど、ツッコまないでおこう。下手につついたら何が起こるか分からないからね。
私は無言でオムライスを口に運ぶことに集中した。それを見て木内さんが笑う。
「まぁ、狭雪の言うことも分かるけどな。テレビとかで見るのもそーゆー場面が多いだろうし」
「だからかな? そんなイメージ強いよね」
「でも俺はあーゆーの、好きじゃないんだ。飲むことを強要しているようにも感じるし」
それは意外な一言だった。言い方は悪いかもしれないけど、ホストは飲んで飲ませて楽しませる仕事じゃないのかな。
「あーゆーのは一種のパフォーマンスだろ? やると派手だし、俺たちは喜ぶ。それを見て他のお客さんたちも競って高い酒を入れたり、タワーを積ませたりする」
「そうだね。ホストのプライドと、お客さんの自尊心も高まるよね」
「でもそれで無理するお客さんも絶対にいる」
つぶやく言葉は真剣で、私は目を見張った。
木内さんはどこか遠くを見るように唇をかみしめる。それは悔恨にも似た表情で。
「自分の許容範囲を超えたことをする人が出るはずなんだ。ホストを……俺たちを喜ばせるために」
「木内さん……」
「その無理のしわ寄せはいつか必ず本人に返ってくる。……そんなムチャな遊びはしてほしくないんだ」
思わず木内さんの手を取る。なんだかすごく痛そうな顔をするから。
私の方が泣きそうな顔してるからか、木内さんが安心させるように私の手を握り込んだ。
その手の温もりにホッとする。
「俺はここがちょっとした息抜きや、癒しの空間になればいいと思ってる。楽しい会話をするための場所だな」
「だからトーク術を磨けっていうの?」
「おう。話を聞いて少しでも心を軽くして、明日からまたガンバロー! って思ってほしいわけだ」
ホストクラブの経営者としては失格かもしれないけどな、なんて笑う木内さん。そんなことないよ。とっても素敵だと思う。
そんな木内さんだからこそ、シュウちゃんやほかの人たちも着いて行こうって思うんだろうね。
分かってるよ、という意味を込めて繋いだ手に力を込める。それを感じて木内さんが柔らかく微笑んで──
「狭雪ーっ! いい子にしてたー!?」
バターンと勢いよく事務所の扉が開く。飛び込んできたのはお酒が入って陽気になったシュウちゃんだ。
どうやらお客さんが帰って一時的に手が空いたらしい。にこにこ笑って私に近づいてきて「……え、どゆこと?」繋がっている手を見て物騒な雰囲気を出した。
「狭雪? なんで木内さんと手を繋いでるの?」
「あー……」
なんて説明すればいいのか。シュウちゃんの目は真剣で、一歩も引く様子はない。
困って木内さんを見れば、彼は肩をすくめるばかり。「そこ! 見つめ合わないで!」シュウちゃんに肩をつかまれ、むんずっと視線を合わせられた。
「…………」
「…………」
うーん。説明が面倒だからいいか。別に悪いことしてたわけじゃないし。
説明することを放棄して、私は残ったオムライスを食べ始める。もちろんそれで終わるシュウちゃんではなかった。
「狭雪! 説明してくれないの?」
「別に説明するほどのことでもないし……」
「手を繋いでいたんだよ!? 説明必要だよね!?」
「えー……そうかな……」
「狭雪だって俺が女の子と手を繋いでいたらいやでしょ!」
「別に……」
「そこは気にして! 嫌がって!」
シュウちゃんの職業柄、女の子と手を繋ぐなんてしょっちゅうありそうだし、今さら気にしない。そう言ったらシュウちゃんはいじけてそっぽを向いてしまった。
ぼそぼそ何か言っているから聞き耳を立てれば「浮気だ……フられるんだ……」なんてめそめそしてる。
「シュウちゃん、」
「…………」
「好きだよ」
「っもう一回言って!」
即座に抱きついてくるシュウちゃん。さっきまでの機嫌の悪さはどこかへ吹き飛び、今はニコニコと嬉しそう。
「チョロいな……」
木内さんが呆れたように呟いたけど、その言葉もシュウちゃんの耳には入ってないみたい。
「俺も好きだよ! 狭雪は? 狭雪も好き?」とそればかり繰り返すシュウちゃんにはいはい、と返事をする。
言葉にして! なんて女の子みたいに怒るシュウちゃんに私は目を合わせて
「好きだよ」
と言った。シュウちゃんは真っ赤になって固まり、その後、無言でソファーの上でジタバタ悶えていた。
そんなシュウちゃんを見て、思う。
どーでも良いけど、そろそろ戻らないといけないんじゃない?
─END─
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リハビリも兼ねて。
木内さんの物語も、いつか書きたい。
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