短編

□ぬくぬくした愛情に包まれてる
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「ねぇ、危ないよ」


車通りの激しい帰り道。赤い車が後ろから一台、私たちの横を通り過ぎていった。ブゥンってすごい音と、排気ガス独特の臭さ。風介はつんけんとした声色で私に車が迫っていることを伝えてくれた。まぁ、それはものすごくありがたいことなんだけどね…。なんか冷たいっていうか。彼なりの気遣いのはずなのに、胸がズキンってするのはなんでなんだろう?


「私と付き合ってくれないかな」


って言われたのはちょうど一週間前。風介はカッコイイしサッカーも出来る。私も密かに恋心を抱いてた。だから断る理由なんてものはどこにもなくて、餌をみつけたみたいに飛びついていった。彼は優しい。移動教室のときは荷物を持ってくれるし、帰りは今みたいに送ってくれる。それも朝まで迎えに来てくれる。施設のルールは厳しいから、何もそこまでしなくても良いよって言ってるのに、「私がしたいからしてるんだ」って言ってくれるんだ。この世界に生まれてから初めてできた彼氏。ほんとに付き合ってる感じがするし、不満っていうのはない!…はずだった。なのに私は彼のあることにちょっと不満を感じてる。すごく良くしてくれる人だから、不満なんか感じちゃいけないはずなんだよね。でも、これだけはどうしてもダメ。


「涼野が無表情?」


昨日のことと今までのことを、私はヒロトに相談してみようと思った。なんか彼は、風介に近い存在って感じがするしね。そんな彼でも、私の相談に少し眉をひそめ、「うーん」と考えこんだ。私以上に一緒に居ることの多いヒロトでもわからないことはあるんたね。しばらく考えてから、ヒロトはぱっと顔を上げて、くしゃりと困ったような笑顔を見せた。


「あいつはいつも無表情だからね」

「……まぁ、確かに」

「何かあったのかい?」


ヒロトは優しく私に笑いかけた。そうそうこれだよ、これ。こうゆうのが風介には足りないんだよね。もっとヒロトを見習ってほしい。あんな顔をされてたら不機嫌なんだって思っちゃうでしょ?彼は優しい。荷物だって持ってくれる。そうゆうところは大好き。でもそれが、「持つ」っていう一言で、表情がないから、怒ってるみたいじゃん。なんかふわふわしたところがなくて、まだ溶けてない氷みたいに、彼の表情と言葉の一つ一つが角張っていて刺々しい。その中に優しさはあっても、やっぱり付き合って一週間っていう私には、怒ってるのかなと、思っちゃうこともある。


「ははは、あいつらしいね」

「笑い事じゃないんだって!」


今までのことをヒロトに打ち明けてみた。そしたら、けらけらと笑いはじめたヒロト。彼は私の気持ちを理解してないんだと思う。ヒロトにはその程度で済ませることが出来ても、私には出来ない。なんか爆弾を抱えたみたいに重たく体が沈み込んじゃう。風介に今ヒロトに話したみたいな態度をとられる度に、爆弾は増えていって、今は爆発寸前なんだ。でも爆発っていうのは、風介にキレるとかそんなんじゃなくて、悲しくて悲しくてたまらなくなって泣き出す方の爆発寸前。私はどうすれば良いかな。


「君っておもしろいね」

「は、えっ?」

「あいつはね、君に怒ってるわけでも、なんでもないよ」

「でも、私にはそう見える」

「まぁ、あんな顔して刺々しいのわかるけどさ、あれでも君にちゃんと愛を注いでるんだ」

「ほんとに?」

「ほんとだよ。施設で君の話をしない日はないんだからね」


体まで氷みたいに冷たいのかと思ってた。


「帰るよ」


ほんとだか嘘だかはわからない話をヒロトとしていたら噂の風介が教室にやって来て、私の荷物をひょいと持った。椅子に腰をかけているヒロトは口パクで、「ばいばい」と言いながら手を振り、にこりと口の端を持ち上げた。


「風介、あのね」

「……何?」


ヒロトはああ言ってくれてたけど、なんだかやっぱり半信半疑な部分もある。だって、さっきから私たちの間に会話はなくてずっと無言。思いきって話しかけてみたら、冷たくてずきりとするような受け答えが返ってきた。ヒロトみたいに、これを風介らしいって済ますのは簡単。だけど、私はもっと彼の暖かさを知りたい。ふわふわしたところを見たい。


「べ、別に…」

「………」

「………」

「…さっきヒロトとなんの話をしていたんだい?」

「え?」


風介の雰囲気が変わった気がした。なんて言うか、相変わらず彼の目線やらなんやらは、変わらないんだけど、今までと違う何かを私は感じた。


「…相談かな」

「何を」

「いろいろだよ」

「ふーん」


でもやっぱり彼は、氷だ。それも時間が経って溶け、丸みを帯びたような氷じゃない。今冷凍庫から出したところだよってくらいに、冷気を放って、角張った氷。それそのものがそのまま彼の性格に表れてる。角々しくて、無愛想。掴み所が彼にはない。いつもしてくれることに対し、私はお礼を言うこと以外に何も出来ない。風介は溶けることのない氷。考えれば考えるほどに私の頭はぐるぐるとこんがらがってしまう。どうしたら、もっともっと笑ってくれるかな?私に彼と一緒に居る資格なんかないのかな…。


「…!危ないよ」

「…!?」


考え事をしていると急に引っ張られた私の腕。一瞬何が怒ったか理解できなかった。何回も何回もぱちぱちと瞬きをしたら、私の横を自転車が通り過ぎていった。あぁ、そうか、風介はこれを伝えたかったんだ。それを理解した途端に今だに風介の手は私の腕を掴んでいることに気づき、彼の体温を知った。それは思っていたよりあったかい。冷たさなんか一つも感じない。


「あ、ありがとう」

「…気をつけないとね」


風介は私にちょっとだけ笑顔を見せた。氷だと思っていた彼は凍てついたもの全てを溶かしてしまいそうなくらいにあったかい存在だった。


「あのね、さっきまで風介がわからなかったの」

「?」

「氷みたいな人なんだと思ってた」


でも、ほんとに不思議なんだけど、たったさっきの一瞬の出来事だけで、私は彼を全部知れたような気がする。別に冷たくしてるわけでも何でもないのに、言葉と表情に刺がある。回りからそうゆうイメージで受け取られちゃう。彼を知らない人にはわからないけど、今の私にはずっと一緒居たみたいにわかる。


「よくわからないけど、とりあえず帰ろう」


風介は私の手を握り、また歩き始めた。手を握りながらも少し前を歩く彼の表情が緩んでる気がした。


20100625

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