短編

□笑って、笑って、笑っていよう
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「…晴矢?」




こんこんと部屋をノックする音。その叩く感じ。私は一瞬でそれが晴矢だって分かった。ドア開けるとやっぱり彼で、私は「早く入りなよ」と手をとり部屋の中にずるずると引き込んだ。でも、その手は冷たくて震えてて、彼の名前を呟きながら、笑いながら顔を覗き込んでみると、晴矢の顔は笑いなんか浮かべてないから、何か悩み事でもあるのかな?何があったか聞いても彼は「別に、何もない」の一点張り。それなら、こっちから聞いてもしょうがない。話を変えて明るい話へ。彼が落ち込んでるなら、私が元気づければ良い。それなのに晴矢の表情は一向に変わらない。それどころか、眉間にシワをよせ部屋の隅を睨んでいるから、これは深刻な問題とようやく私は理解した。



「何か、ごめん…」



とりあえず謝ってみる。それでも、何も変わらないから、私もつい黙り込む。テレビの中で淡々と喋るニュースのアナウンサーの声だけが、しんとした部屋を飾った。テレビ番組、変えようかななんてリモコンをいじると、それを制する晴矢の手にびくりと体が反応して、見上げると真っすぐ静かに私を見つめる目。あぁ、見れない。こんなに真剣な目、私には直視出来ない。反射的に目を逸らして、「何?」とふざけて笑ってみる。


「なぁ、ちゃんとこっち見ろよ」



ぐんと腕を引っ張られ、強制的に私の目には晴矢が写った。その顔が寂しげで、言葉が出ない。こんな表情初めてだよ。だって、どんなに疲れてても、晴矢は笑って私を抱きしめてくれたから。だから、その表情を心はなかなか受け入れられなくて、二、三度視線を泳がせた後に、もう一回晴矢に笑いかけて、軽く腕を振り払った。「話がある」と真っすぐと私を見据える晴矢に、あれ?彼ってこんな人だったかな?胸がギュッと捕まれたみたいな気分。



「話って、何?」


嫌な話なら聞きたくない。しばらく口ごもる晴矢。このまま晴矢か私に急用が出来れば、このことは後回しになるのかな?儚い夢を頭の中で思い描いては、だめだと消す私。だって、そんなこと起こる訳無いんだから。考えているだけ無駄なんだよ。それでも、もしかしたら…なんて思っちゃう私は馬鹿。





「別れて欲しいんだ」




ふぅと一息はくと、躊躇のない晴矢の一言。……そっか。やっぱり。不思議とさっきよりはまともに彼を見つめられることが出来た。涙が出てこないのは、必死に我慢してるからなのかな。それでも、時間が経つと目が熱くなってきて、自然と涙が出そうになるのを、ぐっと我慢。「泣くなよ」なんて頭をぽんぽんする晴矢。泣かせたのはあなたでしょ。この悲しみをぶつけるみたいに睨んでみるけど、やっぱりダメだ。晴矢は嫌いになれない。大好きだから。




「今までありがとな」

「…う、ん」





部屋を出て行く晴矢。彼は泣くなって言ったから。



だから、私は泣かない。



笑って、笑って、笑っていよう



じゃなくちゃ、この涙は止められそうにもないから。













end










素敵なお題は緋桜の輝き様より。


岡田理紗

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